[つんつるてん]
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・・・バリンッ
いきなり窓が割れた。何か投げ込まれた。部屋の外からだ。見ると、小型犬がぐったり
している。
「わん。」
うあああああああああいつだ。あいつがおれの部屋の外にいる。裏庭から犬を投げつけ
たんだ。おれは思わず部屋を飛び出した。どこでもいい、とにかくここから逃げたかっ
た。夢中で走った。
ブロロロロロロロロ
後ろからエンジンの音がする。あいつはスクーターに乗って追いかけてきた。
あいかわらず犬を連れている。泣き声をあげず、引きづられている。犬のかわりに
聞こえるのはあいつの鳴き声。
「わんっわんっわんっわんっわんっわんっわんっ」
だめだ!このままだと追いつかれる!足とスクーターじゃ時間の問題だ。
「わんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわん」
あいつの声がしだいに近づいてくる。

「わんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわん」

路地を抜けて、大通りが見えた。おれはとっさに右に曲がった。

キキキキキーッ
ブレーキの音。そして衝突音・・・。
あいつは曲がりきれずに対向車と衝突した。あいつは宙を飛んだ後、後ろからきた
トラックの下敷きになった。
・・・おれは唖然としていた。時が止まったかのようだ。
「死臭だ・・・。」
色でもない、ホルマリンでもない、あいつは死臭を追ってきていたんだ。人間が感じる
ことのできないくらいの、死の臭い・・・。
トラックのタイヤの間から、あいつの足が覗いていた。短いズボンから見える、あいつ
のスネ・・・つんつるてんは動かなかった。
しばらくして、野次馬が集まってきた。
「うわあ・・・ひどい」
「救急車は?」
「なになに、どうしたの?」
人々の話し声が聞こえる。
「顔がぐしゃぐしゃだ。みんな見ないほうがいいぞ。」
誰かが言った。
とたんに、寒気が襲った。おれは偶然右に曲がったからいいものを、もしも真っ直ぐ
走り抜けていたら・・・おれがあいつのようになっていた。あいつは、死の臭いを嗅
ぎ分ける・・・。
友人を自殺に追い込んだのは、あいつなのだろうか?それとも、友人の自殺を嗅ぎ分
けてやってきたのか。おれにはわからなかった。
 つんつるてんは死んだ。血が流れている。動かない。
「事故だ、事故。犬も死んでるよ。」
さらに野次馬が集まってくる。みな興味心身だが、かわいそうの一つも言わない。所詮
他人が死んだというのは、そういうものなのだろうか。
みんな、死んだつんつるてんを覗き込んでいた。買い物中の主婦や、子連れの親子
・・・おじいさん、おばあさん・・・犬の散歩中だった人も。
犬を連れた人も。散歩中の人も。犬を連れた人も・・・犬の散歩を・・・あれ?
あれ。
犬を連れてる人、なんだか多くないか?

 いっせいに、ゆっくりと、こっちを向いた。

「わん。」


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