[ごうち]
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「以前にあった雑木林との境、水路との境、隣地との境界を線引きすると、この通り、人の
形になります。しかも頭の大きな幼児の形です。恐らくこれは偶然ではなくて、当時の人が意識的に形を作ったのでしょう。
 祠など、目に見えるものを残すのは嫌だが、それでも罪悪感は残る。それで、せめてもの標しに土地を子供の形に模った。
 その後、この地が忌み的な場所となってしまったので、災いが起こらないように−或いはすでに何らかの災いが起こり−能力のある人物の助言を得て土地を改造し、結界を張った。
 人型も人形がそうであるように“代”としては優秀なものです。つまり土地を人型に囲い、
その上で結界を張り、かなり強力な“代”としたのです。いや「なってしまった」と言うべ
きでしょうか。
 これならば、ここに捨てられた念や不幸は外に漏れる心配がない。
 ただし、人型は“代”としては優れている反面、ややもすれば閉じもめた念を増幅させて、
それが一人歩きしかねないといった欠点もあります。いわば諸刃の剣といったところです。
 だから、これでは篭った念が強くなりすぎて、ある日突然狂ったように暴れだす、というこ
とにもなりかねません。
 そこで、巧妙な仕掛けを作った。この仕掛けこそが、誰だかは分かりませんが、能力のある
人物のアドバイスによって作られたものでしょう。
 それがこの水路です。
 この水路は幼児の頭にあたる部分を通っていますが、ここの結界をわざと弱くした。その
ため、飽和した念や恨み、穢れといったものはここから水路に流れ込みます。そしてこの水路
は近くを流れるE川につながっています。こぼれ出た念を水に封じ込め、そのまま水やその他
自然の力によって弱めながら海まで運ばれ、拡散される。実にうまい仕組みだと思いますよ」

「俺もそれは知らなかった。気づかなかった」とシブヤ氏。
「“ごうち”を見たとき複雑な結界が感じられたので、地形を調べようと思ったのです。こう
いった言い方は不謹慎かもしれませんが、私にとっても思わぬ収穫でした」オオサキ氏が言う。
「で、今回の出来事は、土地開発によってそれが壊されたから起こったのですか?」とアキバ
が聞く。
「まったくその通りです」
「それにしてもおかしい。それなら“ごうち”により近い区画や、隣接部分の多い区画に、より
酷い災いが起こってもおかしくないわけですが、あそこだけに集中している」
「はい、それでは、これをご覧ください」
彼は、また1枚の地図を出した。
「これはアキバ社長のお父上が分譲した区画図ですが、これもどことなく人型に見えるでしょう?」
確かに、トイレを示すマークをいくらか崩したような形に見える。
「そして“ごうち”とこの区画の位置関係は、このようになります」
また地図を出す。それには2つの土地が赤鉛筆で囲ってあった。

「これ、肩の部分にあたるところが隣接しているでしょう。
 母親、もしくは父親が子供に“添い寝”をしているように見えませんか?」

「あっ!」と声があがる。

確かにそう見えた。病気の子供をいたわって、親が添い寝している情景が浮ぶ。

「管理がおろそかになって、結界も弱くなり、所々綻びもでているのでしょう。さらに今は念を
逃がす水路は存在しません。
 だから、その負の念は、隣の添い寝している人型へ移っている。
 人型から人型へ、他に流れ込むより自然だとは思いますよ。
 分譲地が人型になったのは偶然でしょう。しかしその結果、分譲地も“代”としての役割を受け
持つことになってしまった。人型の分譲地に住む人たちも、人間である以上、負の気持ちはある
はずで、忌みごとや昔でいう穢れももっているでしょう。そうしたことが、念を増幅させてしまい、
その偶然が今回の不幸なことを招いてしまったみたいですね」

続く