[人型焼き]
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「出せ〜!此所から出せ〜!返せ〜返せ〜…」
しゃべってる…まさか人間…いや、そんな筈は無い。
大一、あの状況下で人間がしゃべれるのか?
最初は『返せ』だと思っていたが、後から違うと気付いた。

「かえせ〜かえせ〜!俺を妻と子供の所に帰せ〜!!」
箱は依然とガタガタ揺れ、バンバン叩かれている。

「お前は〇〇(男の名前)では無い!」
神主が突然怒鳴った。
「お前は人形だ!人形なんだ!有るべき姿に戻れ!!」
そう言うと、またも神主は呪文を唱え始めた。

「ちがう〜!俺は〇〇だぁ〜!!帰せ〜!!」
箱は一層揺れだし、端の蓋が焼け落ち…と言うより弾け飛んだ。
ソコから焼けただれた手が生えて、暴れて居た。

すると、突然火が弱まり、消えてしまうのでは?と思うくらいに頼り無くなった。

神主は、振り向くと置いてあった桶を持って来た。
桶の中には水の様な物が入って居たが、すぐに酒だと思った。

と、言うのも獣の臭いに混ざって、さっきから酒の臭いが漂って居たのだ。

神主は酒を杓で掬うと箱に掛け始めた。
おいおい…いくらアルコールだと言っても、どう見たって日本酒だぞ。気化しにくく、発火性も低い日本酒を掛けても止めを刺すだけだ…と思ったが、予想に反して火は驚く程に燃え上がった。

「ぎゃぁぁぁぁ!!いぎぃぃぃぃぃ!!おのれええぇぇ〜!妻と子供に会わせろ〜!帰せ〜!俺を帰せ〜!!」

「お前は〇〇ではない!人形だ!お前はお前に帰るんだ!!」
そう言うと神主は懐から手鏡を取り出し、箱に投げ入れた。
そして、周りの木組みを袴姿の男達が中心に向かって倒し始めた。

最後に神主は桶を担ぐと、残りの酒を全部ぶっ掛けた。
炎はこれまでより猛々しく燃え上がり、巨大な火柱と成った。

「ぎょぇぇぇぇ〜!!!!」
それが最期だった。

それからは叫び声がする事も、箱が揺れる事も無かった。

気付けば俺は、汗だくに成って居た。
神主達は、火がくすぶるまで呪文を唱えていた。

目の前で起こった出来事を、否定したい自分が居た。
俺は、確実に昨日までの俺とは違うだろう。日常を一歩踏み外した…ただそれだけなのに、見える世界は色を変えていた。

その後、神主が俺に歩み寄って来た。
俺は変に身構える事も無く、神主の話を聞いた。

「一応祓って上げるから、ついてきなさい」
俺は神主を追って本殿に入った。

じいさんは、神主と先を歩きながら何やら喋って居た、どうやら顔馴染みの様だ。

本殿で二人は、簡単な御払いを受けた。

その後、茫然自失と言うか、府抜けた感じだった俺に、神主さんが詳しい事情を話してくれたから、少しスッキリした気がした。
「あの人形はね…長い間、人として暮らして来たんだよ」
「あのマネキンを連れて来た御婆さんが言うには、自分の娘が大事にしていたそうだ」
「娘と孫は事故に遭って死んでしまったけど、あのマネキンだけは無傷だった」

「御婆さんは遺品だけど気味が悪くて、仕方なく此所に持って来たんだよ」

「事故に遭った時も車に乗せてたくらいだから、きっと相当大事にされてたんだろう。余りに感情移入すると、次第に人間は人形が生きてると勘違いしてくるものなんだ」
…この後の言葉は、今でも頭から離れない。

「人形も同じだ」
「余りに大事にしすぎると、自分が人間だと勘違いしてしまうんだよ」
「何故なら、彼等も生きているのだから…」

忘れた時を取り戻す様に蝉が鳴き出した。
ある夏の日の出来事だった。


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