[黒い貴婦人]
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怯えながら家へ帰る途中、妹が言った。
わたし言ったよね?余計なものに関わるなって
霊感が異様に強い妹は慣れたもんで、怯えた様子は微塵もない。
あんな血だらけの女に話しかけるなんて、お兄ちゃん女ならなんでもいいんじゃないの?
え?いま、なんて言った?
血だらけ?
あんなに綺麗な人だったじゃないか
恐る恐る、彼女に掴まれたシャツを見た。
腕の形の赤い跡が付いていた。
彼女が触れた右手にも、べっとりと血のようなものが付いていた。
ぞっとして服を脱ぎ、シャツの背中を見てみると幾つもの赤く擦り切れた手形。
気が遠くなった。爪が…
背中の手形の一つ、ちょうど人差し指に当たる部分に、剥がれ落ちた真っ赤な爪が食い込んでいた。
うっ…
俺はアスファルトに吐き、目眩を覚え気を失った。
次に目が覚めると見慣れた天井。
自分の部屋だと気づき、溶けそうなくらいの安心を覚える。
小さな話し声が聞こえ机に目をやると妹ともう一人、妹と同じ制服を着た女の子が話し込んでいた。
二人してなにかを見ているようだ。
ね…ぐいよね…おにいさん…
わたしも…にいちゃ…たい…は…おもわな…
声をかけようとしたが眠かったので眠った。
淡い夢の中で喪服の女が部屋のドアから顔を半分出して俺に微笑んでいた。
不思議と恐怖は無かった。
彼女が囁く。
何一つ幸せじゃなかった人間は天国へ行けるかしら?
わからない。
うふふ。うふふ。
笑いながら顔を覆っていたベールを上げる。
ベールに隠されていたのはとても美しい顔だった気がする。
だが一筋、そしてまた一筋と、彼女の頭から赤い滴が滴り落ちる。
耳、鼻、目、口、あらゆる穴から血の滴が流れ始める。
瞬く間に美しい顔は血のラインで真っ赤に汚れた。
あなたのことがとても気に入ったわ。
しゃべる度に、唇が閉じる度に、ぴちゃぴちゃと溢れ出る血液が飛び散る。
やめてくれよ。嬉しくないよ。
うふふふふふふふきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ
彼女は涼しい顔をして、壊れたように笑った。
翌朝疲れきった体のまま目を覚ますと、机の上に何かが置いてあった。
達筆で書かれたお札だった。
ああ、昨日来てたのはあの子だったのか。
妹の同級生に神社の娘が居る。可愛い子だったが妹の友達だけあってなかなかの曲者とゆう印象だ。
お札の下に何冊かの雑誌が綺麗に角を揃えて置かれていた。
俺は気が遠くなった。
秘蔵のエロ本だった。
ふふふふふふふ
ビクッとしてドアを見ると、顔を半分だけ覗かせた妹が笑っていた。
お兄ちゃん変態…
妹が感情の無い目で言い、俺はただなんでもないふりをした。
これからしばらくの間、夏が来る度に黒い貴婦人に怯えることになる。
いまだに彼女の笑い声が耳にこびりついて離れないでいる。
解決したと思っていたが甘かったのかもしれない。
なんかさっきから家鳴りがひどいんすよ。酒飲んで寝ます。
参ったな。妹いま居ないんすよね。犬がドア引っかいてるし。
明日相談してみます。とりあえず犬と寝ます。
おやすみ