[ある殺人者の話]
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私は家につきベットに向かった。
何なんだ。健二と会ったときのあの感情は。
確かに私は健二を殺そうとしていた。
私がいなくなってしまう気がした。
大学の帰りに久しぶりに飲みに行った。
楽しいはずの飲み会は全然楽しくなかった。
料理も酒もまずい。
「酒がまずい時は自分自身の何かだ病んでいる証だ。」
友人が笑いながら言っていた。
電車を降り家へと向かう。
階段を降りようとしたとき後ろから押された気がした。
酔っ払って自分で落ちたのかもしれない。
あいつが突き落としたのかもしれない。
どっちでも良かった。
私は気づくと階段の一番下にいて手にはアザができていて体中が痛かった。
近くにいたサラリーマン風な人が近づいてきた。
「大丈夫ですか?いま救急車呼びます。」
「大丈夫です。ただ転んだだけです。救急車なんて大袈裟ですよ。自分で病院行くので気にしないでください。」
そう言ってその場を去った。
家についた時にはもう痛みは感じなかった。
ある感情だけが私の体を満たしていた。
やられた。またやられた。あいつに。
悔しい。悔しい。悔しい。
次こそは。
何度も呟きながら私は包丁を手に持ちベットに向かって刺した。
何度も。何度も。何度も
私の部屋に人影がいるのが見えたような気がした。
誰だ。あいつか。あいつだといい。
私はその人影に飛び掛ろうとした時、私の体が固まった。
その人影は健二ではなかった。
彼女が泣きながら私を見つめていた。
彼女の視線から逃げるように部屋を見渡す。
ベットからは綿が飛び出していて、その綿は赤く染まっていた。
刺しすぎて自分の手を切ったんだろう。
私は手にしていたものを床に落とした。
涙が止まらなかった。
自分ではない誰かが私を乗っ取っている。
何が私を変えたのだろう。
彼女はぎゅっと抱きしめてくれた。
暖かかった。ずっとずっと泣きながら抱きしめてくれた。
私の中の殺人者が消えたような気がした。
凶器になりそうな物は彼女が処理した。
外に出る時はかならず彼女がついてきた。
私は変わらない風景を見たくなかったので外に出る。
平凡な風景を見ながら私は何かを探すようにただひたすら歩いた。
彼女は何も言わずついてきた。
夜になり風が冷たくなってきた。
私と彼女は歩道橋の上を歩いていた。
向こうから人影がやってきていた。
彼女が私の手を引き「はやく逃げよ」と言っていた。
私は意味が分からなかった。
何を恐れているのか。
その瞬間肩に熱い物が入ってきた。
私は倒れた。
ナイフが刺さっていた。
痛みは感じなかった。
私の殺人者が目覚めたような気がした。
ナイフを私に刺した人物が言った。
「殺人者は簡単には死なせてはいけないよね。
苦しんで死ななきゃ。
昨日夢を見たんだ母さんと咲弥が出てきたんだ。
教えてくれたよ。母さんと咲弥はトラックに引かれて死んだ。
お前もトラックに引かれて死ぬべきだよね。」
何か熱い物が私の体を満たしていった。
殺人者は肩に刺さっているナイフを引き抜く、
やっとか。やっとこの時がきたのか。
殺人者は健二の首を片手で掴んだ。
何処に刺そうかと悩んだ。
健二は必死に殺人者の腕をつかみ抵抗していた。
殺人者は首元に狙いをつける。
夢みたいに赤く染まるのか。
次は何処に刺そうか。
健二に向かってナイフを突き刺そうとした。
彼女が私の体にしがみつきそれを邪魔した。
やっと終わるのに。なんで邪魔するんだろう。
体の力が抜けナイフが地面に落ちた。
殺人者はいなくなっていた。
健二は私にしがみつく彼女を突き飛ばし、私を持ち上げ壁に押し付けた。
もう駄目。死ぬ。今助かっても、いつあいつがまた現れるかわからない。
私は目をつぶり抵抗するのを止めた。
車が通る音が何度も聞こえる。
彼女にお礼を言いたかった。そう思いながら死を待った。
歩道橋の上から下を見た。
人が群がっていて、その視線はみな同じ方を見ていた。
道路が赤い血で染まっていた。
私は病院で警官に今日のことを話した。
「たぶん正当防衛が認められると思う。
目撃者もいるし心配することはないと思うよ。」
そう言い警官は出て行った。
私が健二を突き落としたのだろうか。
あの場には私と彼女と健二しかいなかった。
彼女は突き飛ばされてからあの場所を動いていなかったと思う。
私がやったのか…。
無意識のうちにあいつが出てきてやったのか。
続く