[田舎(前編)]
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しかし、師匠と京介さんというコンビの面白さは実感していたので、これはなん
としても二人セットで来させたい。ところがこの二人、水と油のように仲が悪い。
一計を案じた。
オフ会がハネたあと、散会していく人の中からCoCoさんという、その集まりの
中心人物をつかまえた。彼女も俺と同じ大学だったが、試験などよりこちらの
ほうが大事なのだろう。そして彼女は師匠の恋人であり、京介さんとも親しい
仲であるという、まさに味方に引き入れなければならない人だった。
CoCoさんはあっさりと俺の計画に乗ってくれた。
むしろノリノリで、ああしてこうして、という指示まで俺に飛ばし始めた。
簡単に言うと、師匠には「師匠、俺、CoCoさん」の3人旅行だと思わせ、京介
さんには「京介さん、俺、CoCoさん」の3人旅だと思わせるのだ。
いずれ当然バレるが、現地についてしまえばなし崩し的にどうとでもなる。つま
りいつもの俺の手口なのだった。
翌日、CoCoさんから「キョースケOK」とのメールが来た。
同じ日に、「なんか、一緒に来たいって行ってるけどいいか?」と、CoCoさんの
同行を少し申し訳なさそうに師匠が尋ねてきた。もちろん気持ちよく了承する。
これで里帰りの準備が整った。
そして試験の出来はやはり酷いものだった。


俺と師匠は南風という特急電車で南へ向かっていた。
甘栗を食べながら、俺は師匠に「何故俺の田舎に興味があるのか」という最大
の疑問をぶつけていた。
京介さんとCoCoさんは一つ後の南風で来るはずだ。
師匠にはCoCoさんが用事があり、少し遅れて来ることになっており、京介さんに
対しては、俺は一日早く帰省して待っていることになっていた。

「う〜ん」
と言ったあと、もう種明かしをするのはもったいないな、という風を装いながら
も、師匠は俺の田舎に伝わる民間信仰の名前を挙げた。
なんだ。
そんな拍子抜けするような感じがした。
田舎で生活する中でわりと耳にする機会のある名前だった。別段特別なものと
いう印象はない。
具体的にどんなものかと言われると少し出てこないが、まあ困ったことがあった
ら、太夫(たゆう)さんを呼んで拝んでもらうというようなイメージだ。それは
田舎での生活の中に自然に存在していたもので、別段怪しげなものでもない。
もっとも、一度か二度、小さいときになにかの儀式を見た記憶があるだけで、
どういうものかは実際はよくわからない。
どうして師匠がそんなマイナーな地元の信仰を知っているのだろうと、ふと思
った。京介さんもやっぱりそれに対して反応したのだろうか。
「それ、なんですか」
窓の外に広がる海を頬杖をついて見ていた師匠の首筋に、紐のようなものが見えた。
「アクセ」
こっちを見もせずにそう言ったものの、師匠がアクセサリーの類をつけるところ
を見たことがない俺は首を捻った。
俺の視線を感じたのか胸元に手をあてて、師匠はかすかに笑った。
その瞬間、なんとも言えない嫌な予感に襲われたのだった。
ガタンガタンと電車が線路の連結部で跳ねる音が大きくなった気がして、俺は理
由もなく車内を見回した。
いくつかの駅で停まったあと、電車はとりあえずの目的地についた。
「ひどイ駅」
と開口一番、師匠は我が故郷の駅をバカにした。

駅周辺にある椰子の木を指差してゲラゲラ笑う師匠を連れて街を歩く。「遅れて」
来るCoCoさんを待つ間、昼飯を腹に入れるためだ。
途中、ボーリング場の前にある電信柱に立ち寄った。
地元では通の間で有名な心霊スポットだ。夜中、その前を歩くと電信柱に寄り添
うように立つ影を見るという。見たあとどんな目に会うかという部分は、様々な
ヴァリエーションが存在する。
話を聞いた師匠は「ふーん」と鼻で返事をして周囲を観察していたかと思うと、
やがて興味を無くして首を振った。
先に進みながら師匠を振り返り、「どうでした」と聞くと、Tシャツの襟元を
パタパタさせながら「なにかいるっぽい」と言った。
なにかいるっぽいけど、よくわかんない。よくわかんないってことは、大した
ことない。大したことないってことは、よけいに歩いて暑いってことだよ。
不満げにそう言うのだった。

続く