[鬼]
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泣きじゃくるUを宥めた後、お父さんは語り出した。

お母さんは解離性同一性障害、つまり二重人格だったのだという。
元々の原因はおそらく幼い頃の虐待。
初めて症状が出始めたのは、お母さんが例の暴力を振るった男から逃げてきた後かららしい。
もう1人のお母さんはとにかく凶暴で、男の力でも押えるのが難しかった。
病院から出される薬で改善はしていたが、まだ危険であることには変わらなかった。
そこで、昼間は常にお父さんと一緒に行動し、夜は部屋を1つ設けお母さんを隔離し、暴れても被害が広がらないようにした。
それこそが「鬼」を封じたあの部屋、無数の穴や傷があったあの部屋だった。
娘であるUに真相を知られないようにするため、みんなで「鬼がいる」などと嘘をついたのだ。
そこに、お母さんの人生を狂わせた引き金になった男に瓜二つの僕が現れた。
それであの時の記憶が甦ったのだろう、とお父さんは言った。
昨日病院に行った時、お母さんはそのまま入院するはずだったらしい。
本当はもっと早く入院させるべきだったろうが、お父さんはそれを望まなかった。
お母さんと離れたくなかった。
そしてお母さんの人格は入れ替わり、夜に病院を抜け出した。
お父さんは主治医と話していて、そのことに気づかなかった。
急いで家に電話をかけ、おじいさんに知らせた。

と、ここまで話終えてお父さんは僕たちに「すまない」と言いと頭を下げ、病室を出ていった。

それから僕の母が駆けつけた。
僕はすぐに母に質問した。
「父さんはどういう人だったの?」
母は黙っていたが、やがて口を開いた。
母は、父に半ば犯されるような形で妊娠し、僕が産まれたらしい。
そして何より衝撃的だったのは、父は病死ではなく、何者かに殺されたということだった。
僕はUのお母さんの「お前は殺したはず」という言葉を思い出した。
Uのお母さんに暴力を振るったのは多分僕の父で、お母さんはそれに耐えかねて父を殺した。
これに対する罪の意識と幼い頃の記憶でお母さんの精神は限界を越え、その重圧を回避するためにもう1つの人格が現れた。
そして夜、僕のことを父と思い込んで襲った・・・
Uも僕と同じことを考えたのか、心がどこかに飛んで行ってしまったような表情をしていた。
母は泣きながら僕たちに「ごめんなさい」と言った。

数日後僕は退院した。
病院の入口でUと、Uのお父さんとおじいさんが迎えに来ていた。
僕はおじいさんと話をした。
僕「申し訳ありません。こんなことになったのも、全部僕の責任です。僕が来てしまったからです」
おじいさんは黙っていた。
そして、Uのお父さんが口を開いた。
「母さんは君たちのことに賛成していたよ」
「あと、それには自分の存在が邪魔だって。自分はもしかしたら君を襲ってしまうかもしれないって言ってた。だから母さんは、自殺したんだと思う。君たちには幸せになってもらいたいって何度も言ってたからね」

次に、おじいさんが僕の目を見て言った。
「Uを不幸にしないと言い切れるか?」
僕は少し間を置いて、「はい」と答えた。


それから何年か過ぎた今、僕はUと結婚披露宴の準備をしている。
母も、Uのお父さんとおじいさんも出席する予定だ。
僕はUのおじいさんとの約束を、Uのお母さんの願いを実現しようと、心に誓っている。


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