[鬼]
前頁

翌朝、障子越しに差し込む日の光で目が覚めた。
昨夜のあのできごとが現実なのか夢なのか、区別がつかないような気がした。
僕はUに昨日のことについて聞いてみた。
Uによると、これはときどき起こることらしかった。
しかし決まった日に起こるようなものではなく、その時間もまちまちなのだという。
そして、かつてUがおじいさんに聞いた時には、「鬼が暴れている」と言われたそうだ。
Uが乗り気でなかったのは、この家でいつ昨日のようなことが起こるか分からないからだったらしい。

昼過ぎ、また空が曇ってきた。
Uの両親は病院に行くらしく、30分程前に車に乗って出かけていた。
本当は2人にも居てもらいたかったが、とりあえず僕はおじいさんに改めて真剣に付き合っていると挨拶した。
・・・しかし、返ってきた答えは「賛成しかねる」だった。
すかさずUが「なんで!?」と切り返すが、おじいさんは答えなかった。
「・・・昨日S(僕の名前)見て驚いてたのと関係あるんじゃないの!?」
おじいさんは困った顔をしながら僕たちを見ていた。
Uは怒ったようにおじいさんを問い詰める。
しばらくして、おじいさんが口を開いた。
おじいさんによると、僕はある嫌な過去を思い出させるのだという。

Uのお母さんは小さい頃、Uのおばあさんに虐待を受けていて、そのことが明るみに出ると、おばあさんはすぐに自殺してしまったらしい。
おばあさんは気を病んでいて、病院通いだったらしい。
このことはお母さんの心に大きな傷を残した。
時が経ち、お母さんは1人の男と付き合い始めた。
しかしお母さんはすぐにここに逃げてきた。
この男は粗暴な奴で、すぐにお母さんに暴力を振るったらしい。
慢性的に続く暴力に耐えられなくなったらしい。
そして、後にお母さんは今のお父さんと知り合い、Uが産まれた。
ここまで聞いて、Uはとても驚いていたようだが、すぐに「それとSとどんな関係があるの?」と聞いた。
おじいさんによると、僕の顔が、かつてお母さんに暴力を振るったその男にそっくりらしい。
Uは何か言いかけたが、おじいさんは「お父さんとお母さんの意見を聞こう」と言い、また黙り込んでしまった。

嫌な沈黙が続く。
・・・しばらくして、今度は僕が口を開いた。
朝から感じていた疑問をぶつけてみた。
「昨日、何かを叩きつけるようなすごい音が聞こえたんですが・・・?」
おじいさんは腕を組んで黙ったままだった。
「鬼がいる、とか」
おじいさんはしばらく黙っていたが、口を開いた。
「たしかに・・・ここでは鬼がたまに暴れる。部屋に閉じ込めておる。台所の隣の廊下の部屋じゃ。近づいてはならん」

Uはお母さんの過去については全く知らず、「鬼」がいるらしいその部屋に入ったことはなかった。

夜になり、雨が降り出した。Uの両親は帰って来ず、夕食は3人だけだった。
昨日と違い、おじいさんは僕に話しかけることはなく終始無言で、とても気まずい時間だった。
風呂を済ませ、僕は寝室に行った。
昨日のこともあり、Uは不安で仕方ないというような顔をしていたし、僕もそうだっただろう。
電気を消そうとする僕の手が震えていた。
それでもなんとか電気を消した。
昨日のような轟音はなかった。
いつ来るか分からないという恐怖と長い間戦っていたが、いつの間にか眠ってしまった。

・・・プルルルル・・・
・・・プルルルル・・・

規則的に鳴るベルの音。
僕は電話の音で目が覚めた。
隣を見ると、Uも目を覚ましていた。
雨はしとしとと降り続けていた。
その中、電話の呼出音が響く。
「電話に出てくる」と言いUが立ち上がりかけた時、電話は鳴りやんだ。
「・・・なんだ」と少し残念そうに言ってUが布団に入りかけたその時、

コツコツコツ・・・

足音が聞こえた。
最初はおじいさんかと思ったが、その考えはすぐに捨てた。
おじいさんなら、裸足かスリッパを履いているはずだが、この音は間違いなく靴のそれだった。
そして板張りの廊下を歩いているであろうその足音は、こちらに近づいていた。
この部屋に居てはまずい、そう直感した。
この時、僕は何故か足音の主が泥棒の類ではないと、確信していた。
僕はUを連れて、立ち上がらず、座ったまま滑るようにして襖に近づいた。
ゆっくりと襖を開ける。
襖にかける手が嫌な汗をかいている。
足音は僕たちの部屋に迫っていた。
しかしここで音を立てたら万事休すだ。
ぎりぎり人1人が通れるスペースまで開けて、Uを中に入れ、続いて僕が入り、襖を閉めたその時、

スゥーーーッ・・・

襖が開いた。
そして、とても近くで畳の上を歩く音が聞こえた。
・・・僕たちがさっきまで居た部屋に居る!

続く