[おくびょうもん]
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『目の錯覚だ、2chでオカルト板なんかついさっきまでみてたから絶対そうに違いない。
きっとこの人もただうつむいてるだけで首から上もある普通の人だ。』
そう思い込もうとするんだが、そいつの緩慢すぎる投げやりな足取りときたら。砂利が無造作にころがった道の上を足を滑らせるぞりぞりとした音がまた不気味で自制を揺るがされるんだよ。

これひょっとしたらマジモンかも、っておもったときには走り出した。
そして小道の曲がり角を抜けた時、足が自然に止まった。
民家の塀ので隠れててわかんなかったが、道をふさぐように俺の腰ちょうどくびあたりまでしか背の丈がなさそうなのがあった。
背を向けてるからぱっとみ老婆の後姿なんだが、直感っていうのは鮮烈で無慈悲だ。
『前門も後門もこんな形でふさがれるなら正直肛門をのぶといもんで蓋されたほうがましだ。』
俺は下品だからそんなことで頭に一杯にして凍りついたからだをほぐそうとしたけど全然無理。
目はよせばいいのにどうしても危機感から観察しちまうんだ。
なんもかもおかしいって頭は視覚からの得られる情報を精一杯分析しやがる。
着てるものからしておかしかい、こんな寒い夜中に出歩くのにセーターもなしで古臭いブラウスと色あせたタイトスカートにはだし。
縮れ毛の髪は手入れなんかしてないようにみえるとかとにかくこんなかんじにめまぐるしく頭が回転してた。

『新宿にはこんなのがやまほどいるじゃん平気平気中央公園の浮浪者だ、そうでなければ新宿駅地下道から大分前に一斉に追い出されたルンペンだ。
確かこんな替え歌あったよな、君はルンペンルンペン○○○ゴミ箱漁り ルンペンルンペン金がない(小学校時代俺の名前が○○○にはいっていた 光GENJIの歌の替え歌だ)』
それらしい思考と悪いながらも今では噴出しちまう思い出で硬直からの逃避をはかろうとしてみたがやっぱり無理。
それを視界におさめてから、体がうごいたら真っ先に口元をおさえたい位の腐臭がたちこめてたからな。

─うぁういっぁぃ─

こんなかんじだったかな、とにかくささやきごえのような音をそれは発しててさ。
背をむけられてるのにむかってくるような響きだった。
こうなると人間情けないもんで、腑抜けたっていうのかな。体んなかからなんか大事なものが浮き上がって抜けてくかんじ。
そのあいだにも後ろからは足を擦らせる音が近づいてくるし追い詰められる一方だし。
いよいよ視線も上下左右におよいで悲鳴をあげようとする口は勝手に引き結ばれたままになっちゃってたくぐもった音しかでない。
そのあいだにもそれはさっきの音を何度も繰り返すのよ。
で、だんだんはっきり聞こえてきた。

─やすみたい─

明瞭に聞こえた瞬間。
最後にのこってた勇気なんてそんなくだらないもんじゃなくて、テンパりすぎてネジすっとんでった狂気交じりの怒りというべきかな。
こんな状況にまきこまれた理不尽さとかそういうものがもういっきにこみあげてきて。
『かってに独りで休みやがれ』て声に出せないけど心の中で絶叫したのね。

そしたらすとーんとさ、なんか体の中に俺が落ちてぴったりはまったような感覚がして。
あれ?ってかんじで体が動くようになった事に意識がそれた一瞬のうちに後ろも前もなーんもなくなったのよ。


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