[おくびょうもん]

関東近郊で眠らない町と聞くとまずどこを思い浮かべるだろうか。
新宿、と思いつく人も少なくないと思う。
確かにここは眠らない。
JR駅から二十分も歩けば高層ビルの裾野に広がったかのように住宅街がひしめくというのに、その界隈すら普通の住宅街に比べ密度の高い街灯で煌々と照らし出される。
そんな場所に、心霊スポットがあるとしたら信じてくれるか?
俺もついさっきまではただの偶然だろうと思ってたから無理だろうな。

そこは俺の家から歩いて三十秒もかからない、大通りに抜けるのに俺の家からだとかなり便利な小道だ。
新宿というのは区画整理がのつけを住宅街に支払わせた町並みを持っていて、実は舗装された道路に面していない場所というのは多い。
これもそうした道の一つだ。
おれがいまの家に越してきてからこの小道の近辺では色々な事があった。

記憶にあたらしいものでかつ鮮明におぼえてるものとなると、朝の捕り物だな。
なにやら外が騒がしくおきてみるとその小道の出口をふさぐようにぴしっとした制服に身を包んだ警官達が警棒を手にして何かを待ち構えていた。
張り詰めた空気は見下ろす俺にもつたわってきて息をのんで見守ってみる。
少しして両脇と背後を計三人の警官にかためられ、うなだれた男が出てきた。
ちょっとは抵抗したのかほっぺたが赤くはれ上がりつつある、多分殴打されたかぶつけたんだろう。
だが異様だったのは男ががりがりにやつれていたことだ。
血色がいいのはそのはれあがりつつある頬だけで髭も伸び放題、髪は二階から見下ろしていてもわかるくらいフケだらけだった。
後々、この男は空き巣でその小道の場所に立つ古いアパートの使われない部屋に潜んでいた所を逮捕されたと知った。

こんなこともあった。
ある日仕事からの帰りにやけに饐えたにおいがたちこめていた。
小道沿いの背の高いビルの上のほうからばたばたと音がした。
見上げてみると青のビニールシートと黄と黒の警戒識別用の色彩の取り合わせのテープが四階あたりの非常階段のやすっぽい鉄柵の向こうにみえた。
吹き降ろす風が鼻につんと来る刺激をもった饐えた腐敗臭を運んできてたみたいだ。
何があったかは知らないが多分人が死んでいたんだろう。
あるいは犬や猫の類だったのかも知れないが、それにしてはやけにものものしすぎた。

まあこのほかにも大体三ヶ月もあればいっぺんはろくでもない事がその小道沿いでおきる。

このあいだなんかはどうやら隣のご主人が浮気をしたらしく、(安普請だから怒鳴っている内容が全部聞こえる。)大喧嘩の末扉が荒々しく開く音がした。
落ち着けという叫び声にただならぬ気配を感じて、扉をあけて外に出てみるとと奥さんが包丁を持ってだんなさんをその小道側に追い込んでいた。
内容はよくおぼえていないが、どこをほっつき歩いてるとかどこの女のとこにいるとか考えるのはもう疲れた、休ませてよそんな事言ってたと思う。
怖かったけど俺は奥さんに落ち着いてとつとめて穏やかに声をかけた。
振り向いた奥さんの顔はまるで幽鬼の如く頬がこけて目だけがらんらんと輝いているように見えた。
包丁を握った手を腰にあてがうように構えなおして殺されるかもしれないと戦慄して少々、やがて奥さんの目はふっと突然理性を取り戻してくれた。
表情もあれっ?ってかんじで前後不覚に陥ったのだけはわかったよ。
ひざが笑ってたし俺はとりあえずその場をすごすごと引き上げた。

すまん、連投規制で書き込みできなかった。
そんな簡単なことも忘れるなんてまだ落ち着けてないな。

で、タバコを買いにでた俺はというとこんな目にあった。

行きはこんな寒い夜でも猫達がたむろしてた。
人がきやがったと機敏に身をかくしながらも適度に距離をとっると振り返ってこちらを観察する、そんな愛くるしい姿に頬を綻ばせたよ。
けど帰りは違った。
行きにいたはずの猫達の姿はなく、街灯がぱちぱちと明滅してる。
ついさっき通ったところとはまるで別世界。
異様な雰囲気に足早に通り抜けようとすると背後に気配をかんじた。

俺はこういうとき物怖じせずに後ろをみるタイプだ。
けど今後できるかは不明だ。
けどまあ、すくなくともさっきまではそうした。
人影がある、いくら明滅しているつったって少しは街灯に照らし出されるはずのそれはただただ黒いシルエット。
異様なことに、それの首から上はないようにみえた。
続く