[おお、Yか]
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振り向いた爺さんの顔は、インクを被せたように赤かった。
「お…おお、Y、Yか」
爺さんが自分の名前を呼ぶ。聞きなれた懐かしい爺さんの声。だが、イントネーションがおかしい。平坦すぎる。
生前、爺さんには強い地方のなまりがあったが、今の爺さんから聞こえてくる声はパソコンで作った人工音声のようだった。
爺さんが、のそりとこちらに一歩歩み寄る。
「じいちゃん、どうした」
あまりに様子がおかしい爺さんに呼びかけると、爺さんはまたさっきと同じように咳をして、頭を掻いた。
「じいちゃん、うちに帰ってきたのか?」
Yがそう聞くと、爺さんは少し考える風に天井のあたりを見て、
「お…おお、Y、Yか」
さっきとまったく同じ台詞を、さっきとまったく同じ発音で繰り返した。
そこでYは少し怖くなった。こいつは爺さんなんかじゃないんじゃないか。
爺さんはまだ天井を見ている。指先から滴り落ちた赤紫の液体が、部屋のカーペットの上に小さな水溜りを作っていた。
よく見ると、腕の不自然なところから肘が曲がっている。と言うより、肩から肘にかけてが凄く長い。
生きてるときの爺さんは、こんなんじゃなかった。こいつはもしかして爺さんの真似をしている別の何かじゃないか。
Yは少しずつ、少しずつ足音を立てないようにすり足で後ろに下がった。
それに気付いたのか、爺さんのふりをしたそいつは首だけを異様に長く伸ばしてこっちを見た。
まずい、気付かれた。
そう思った次の瞬間、目の前にそいつの顔があった。肩から上だけが不自然に伸び上がっている。
伸びきった首がゴムのようだった。
目の前で、そいつの口からごぶごぶと赤紫の泡が立った。
「お…おお、Y、Yか」
Yは絶叫した。

それからYは、無我夢中で近くの本屋目指して走った。
家に一人でいるのが怖かった。
9時を過ぎ、家族が帰ってくるまで家の中には入れなかった。
それからYは家族にその事を話したが、誰もまともにとりあってはくれなかった。
結局Yはその日の夜、あの赤い爺さんの出た自分の部屋で寝る事になった。
Yは気が気ではなかった。目をつぶっても、開けるとあの赤い顔があるようでなかなか眠る事は出来なかった。
しばらく経って、それでも恐怖と緊張を眠気が押さえつけ、Yは何とか眠りについた。
明け方になって目が覚めると、どうも顔がむずがゆい。
洗面所に行って鏡を見ると、顔が赤紫の汁でべっとりとぬれていた。
その日からYは自分の部屋で寝るのを止めた。
次にまたあいつが出てきたとき、今度こそ逃げられる気がしなかった。

Yは今でも言う。
「あれは爺さんなんかじゃなかった。」


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