[ラフレシアを求めて]
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しばらくすると、生臭い臭気が漂ってきた。
ふと振り返ったA氏の目には、赤茶けた物体がさっきより確実に近いところにあるのが映った。

動いているのか?あれは!

この臭いがあの物体から発せられているとしたら、あれはラフレシアではない。
実際に臭いを嗅いだことはないが、ラフレシアは肉の腐ったような臭いのはず。なのに今漂っている
のは生臭さである。A氏はあれがラフレシアではないどころか、何か得体の知れない「嫌なもの」
であることを確信した。
自然に足が速まる。

ガイドはもちろん、B氏、C氏もそれに感づいたようで、自然と一行の足は速くなった。
生臭い臭気は、徐々に強くなっている気がした。
後ろを振り返ってみようと思うが、恐怖でそれもできない。後に続くB氏、C氏の2人もA氏を追い抜く
勢いでぴったり付いてくる。

普通の道ではないから、全力疾走というわけにはいかないが、可能な限り速く走った。
ようやく、自動車の通れる道が見えてきた。
ふと振り返ると、それはもう10メートルに満たない距離にいた。
その距離で分かったのだが、それは大きさは2メートル近く、直径70〜80センチもある寸詰まりで
巨大なヒルのような感じであった。

道に出ると、ガイドが足を止め荒くなった呼吸を整えている。
3人も立ち止まった。
「もう大丈夫だと思います」ガイドが息を切らせながら言った。
A氏は安堵のあまり、その場に座り込んだ。他の2人も真っ赤な顔をしてしゃがみこんだ。
落ち着いてみると、もうあの臭いはしない。ジャングルの中を見たが、木々が日光を遮っている
せいで、様子は分からない。
「あれは、何なのか?」
ガイドに尋ねたが、首を振っただけで何も答えてはくれなかった。

結局、ホテルに着いても「あのことは忘れてください。私も詳しくは知らないし、忘れたほうが
いいですよ」と、あれが何かは教えてもらえなかった。
後日、C氏が仕事でインドネシアに行ったとき、かなり方々でこの件を聞きまわったようで、
いくらかの情報を得ることができた。

それは「人を喰うもの」で、人をみつけると執拗に追いかけ、人が疲れて動けなくなったとき
襲い掛かってくるという。太陽の光が好きではなく、あのとき、もし早めに切り上げていなかったら、
ジャングルを抜け出しても追ってきて、逃げ切れなかったかもしれなかった。
それを見たら、現地で言うお祓いを受けなければならない。お祓いを受けなければ、それは追いかけ
た人間を忘れず、執拗に狙ってくる。3人はお祓いはしなかったが、すぐに日本に帰ったので難を
逃れたのではないか。
そして、その名前は分からない、というよりも口にしない、ということであった。


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