[無念]
前頁

三ヶ月はそのまま放置されていたと思う。
そしてなんの前触れもなく解体工事が始まった。
これがまたとんでもないDQN業者で、
『いついつからこういう工事をするのでよろしくお願いします』などの挨拶も全くなし。
周りに幕を張ったり音に気を遣うなどの配慮もなし。

そして工事も解体というより破壊だった。
庭の灯篭をショベルで壊すことから始まり、
ガラスは全て金属パイプでかち割るし、家具も鏡も叩き割っていた。
庭には高そうな食器や陶器が並べられていたが、
昼休みにはそれを壊れた灯篭に投げつけて遊んでいた。
あまりの騒音に隣の家の住民が苦情を言ったのだが、
鉄パイプを持った、がたいのいいDQNがガムを噛みながらやってきたら、
誰でも対応は一つしかないと思う(笑)
『あと数日なんで〜〜がまんしてくれますかねぇ〜〜すいませんねぇ〜〜』といわれたら、
はいとしか言えないだろう。
庭でたまに何か燃やしていたが、もしかすると和服かもしれない。

トラックに積み込んでいた家具の残骸なんかを見ても、本当に上等なものばかりだった。
この家だって財産だって、別の家の遺産をいわば横取りして築いたもの。
だから自業自得かもしれない。
しかし、本当に上質のものだけを選び抜いて築き上げ、最後まで守りたかった家を
こんなDQNに荒らされ、破壊されつくすのは辛いだろうな、とつい思ってしまった。

最後は巨大な重機で家を横からなぎ倒し、上から押しつぶしてから
家の基礎部分まで地面を削り取り、工事は終了した。
何もかもが瓦礫となった後にもっていかれ、本当に他より地面が20cmくらい低くなっていた。
どういったわけか柵だけは残されたが、
事情を知っていれば何もなくても誰も立ち入ろうとしないだろう。

そこに一週間前に行って来た訳だが。
元々飼い猫が家を逃げ出してそこの敷地でにゃーにゃーいうから
仕方なく門を押し開けてそこまで行った。
抱き上げてふと地面を見てぎょっとした。
ちょうど男の手のひらにすっぽり入るくらいの、丸い手鏡。
紫色の房飾りがあったようだが、すぐ目をそらしたのでちゃんとは見ていない。
それが割れるどころか傷も汚れもなく、ぽつんと落ちていた。

あれだけの破壊の後でなぜ、というのもあるけれど、もう一つ理由がある。
うちは神道だが、仏教で言う位牌の代わりに神道では鏡を使う。
鏡は『みたまさま』と呼ばれ、葬式では鏡に魂を移す作業もある。
その『みたまさま』と鏡が、ソックリに見えたのだ。
見た瞬間、背中がぞくりとして嫌な汗が出た。
すぐに引き返したが、門で一度振り返ると夕日をきらりと映していた。
ネコもろとも家の前で塩祓いしたのはいうまでもない。

彼女は荒地となった今もあそこを家としてとどまり続けているのだろうか。


次の話

Part147menu
top