[失った物と得た物]

高校三年の時。
あまり大きな声じゃいえないが

俺は童貞だったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!
うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

それで、なんとか高校卒業までに一発やりたいな、なんて、チンポがついてない哺乳類が
聞いたら怒り狂いそうな思想を抱いていた。まぁ、ほとんど適わぬ願いだったんだが。
ある日、俺はいつもの憎たらしい表情を、少しだけ矯正することになった。
余所行きの顔といったらいいのかな、勝負顔といったらいいのか。
なぜそうしなければいけなかったかというと、
隣の席の今井田 緑さんが髪を切ってきたからなんだ。

この今井田緑って女は、俺の在籍していたクラス中ワーストから数えたほうが早いくらいの
人気のない女だった。髪はボサボサの竹林みたいな感じで、
姿勢は常に猫背。猫背とおおい髪の毛のせいで顔の上半分はいつも見えなかった。
そんな幽霊みたいな見た目だったんだが、見た目に反して中身は怨霊みたいに暗かった。
休みがつく全ての時間帯を読書に費やしているし、一ヶ月も隣同士なのに
一言も会話がない。こちらから話しかければ首を縦にふるか横にふるかで
全ての意志を表示してくる。

そんなふざけた今井田が、ふざけた髪型を変えていたんだ。
俺はお母さんにバリカンで刈り込んでもらってたから、美容室についての人間の英知を知らない。
しかし、そんな俺がみても今井田の短くなった髪型は、ハサミを持って数年以上汗を流した人間の業だった。
俺は初めて今井田の目を見た。前は前髪が多すぎて見えなかったからだ。
今井田の目は、意外にも大きかった。長いまつげとくっきりとした二重が
今井田の美人を証明していた。俺は、今井田によく見られたいがために、
自分が最もかっこいいだろうと思う、表情、しぐさ、台詞を取捨選択しながら過ごした。
そのせいでギクシャク不自然極まりなかったが、これだけは取捨てできなかった。

今井田が豹変して一週間がたった頃、俺は今井田の家にいくことになっていた。

なぜ今井田の家にいくことになったのか。その理由は簡単だ。
それは、俺は男で今井田は女だったってことだ。

今井田は中々俺に心を開かなかった。そりゃ当然だ。本人は髪型を変えても
今まで通り孤独に人生をまっとうしようとしてたんだから。
しかし、今井田の本当の姿がそれを許さなかった。俺は無理やり今井田の心の中に入っていった。
あわよくば物理的にも中に入っていきたかった。
今井田はしつこい俺に少しずつだが玄関のドアを開き始めていた。
もう少しで完全に開ききろうとしていた今井田の心。

だが、あせる俺にはドアの開く速度がイライラを生んだ。
まともに会話できるようになるまで何ヶ月かかるんだ。糞野郎!脱糞野郎!肥溜め野郎!
いかんいかん。俺は今井田が好きなんだった。汚い言葉は胸に秘め、
今井田の心を強制的に開くためにある作戦を考えた。
それは、今井田の家にいって距離を急激に縮めようというものだった。
男女間の心理戦をいくつか飛ばしてしまおうというわけだ。

今井田の家は母子家庭だった。今井田の母ちゃんは働き盛りのおっかさんで
たくわんが大好物だそうで、それが災いして帰宅が深夜すぎになるらしい。
俺は今井田をいいくるめて、今井田の家の中に入る事に成功した。
いいくるめるまでには、なかなか時間を浪費したんだが、
今井田の趣味である読書に興味があるといったらば、本を貸してくれるというので
本を借りると言う名目で侵入に成功した。

今井田の家は母子家庭の家族が住む専用の団地だった。
それ故に狭く、古く、住み心地は今ひとつのようだったが、
冷蔵庫にはってあるたくわんが大好きな今井田の母ちゃんの
「冷蔵庫にプリンがあるから食べて。今日も遅くなるけどゴメンね」の書置きに
今井田親子のあたたかさを感じ、この家、そんなに悪くないなと思った。

今井田の部屋に入った俺は、今井田親子の温まるエピソードそっちのけで、今井田を生まれたままの姿にしはじめた。

続く