[びょう]
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病院に到着して、おばあちゃんを運び込んだあと
父は私と母を残して実家に戻ろうとしましたが
私はおじいちゃんが心配だったので父にせがんで一緒に実家に向かいました。
さっき通ったばかりの山道を進むと、やがて空が明るくなってきました。
「おじいちゃんの家が燃えているんだ」私がそれに気付いたのは
燃え盛る炎を見つけた後でした。
少し離れた場所に車を止めた父と私は、ゆっくりとした足取りで実家に向かいました。
炎はもう消えかけて、実家はすっかり燃え落ちていました。
私たちはしばらくそこに立ち尽くして、炎が消えるのを眺めていました。
翌日、母からおばあちゃんが助からなかった事を聞かされました。
おばあちゃんは最後まで「びょうが・・・びょうが・・・」といい続けていたそうです。
警察に実家を調べてもらいましたが、炎の不始末が原因の事故だったという事でした。
おじいちゃんの遺体は真っ黒な炭のようになっていました。
胴体が欠けていたのは野犬にでも食べられたのだろうということでした。
だけど私にはわかる気がしました。
おじいちゃんを食べたのはきっと「びょう」だったんでしょう。
実家から帰る途中で父は「あれは災いをもたらすものなんだ」と教えてくれました。
そして「長い間あれを見てしまうと魅入られる」とも教えてくれました。
おじいちゃんは自分と「びょう」を焼くことで私を守ってくれたんだと教えてくれました。
そのとき「私は助からなかった」と思ったのは何故だったのか。
「びょう」とは一体何だったのか。
私は何も分からないままです。
それから随分と経ち、おじいちゃんが言った通り実家へは一度も行ってません。
災いらしき災いは起こっていません。
だけど今でも時折見掛けるのです。
大きな目玉でこちらを見ている「びょう」を
それは、壊されてしまった石像と同じ声で呼びかけてきます
「もうすぐだよ」