[びょう]

これは小学校の頃、私と両親の3人で父方のおじいちゃんおばあちゃんに会いに行った時の事です。
おじいちゃんたちの住む実家は随分と山奥にあって、TVも電話も無く、隣家に行くまでに歩いて十分ほどかかってしまうほどの田舎でしたが
毎年夏になるととても緑が綺麗で私は大好きでした。
ところどころに道祖神のようなお地蔵様のような小さな石像があり、横を通るたびに「こんにちわ」と声をかけていたのを覚えています。
今思えば不思議なのですが、石像たちが声を返してくれるような気がしたんです。

その年も同じように実家に向かう途中で石像に声をかけようと思っていました。
しかし、いくつもあった石像の殆どが壊されてしまっていました。
両親もどうしたことかと顔を見合わせ、実家に着くなり話を聞いてみたところ
少し前に都市部の方から来たであろう若者の集団がやってきて
冗談半分で壊してしまったそうなんです。
悲しそうに話すおじいちゃんおばあちゃん、憤りを隠せない両親。
私も子供心に「許せない」と思ったものです。

夕飯の準備が出来て、家族全員食卓につきました。
山奥でTVも無い実家の食卓はとても静かでした。
そんな中、ふとおじいちゃんが「お前たちはもうここへ来なくていい」と言いました。
「何を言ってるんだ親父」と父の声。
「全部壊されてしまったから、いつあれが来るかわからないんだよ」と話すのはおばあちゃん。
私はわけもわからずに3人の会話をただ聞いていました。
「そんなもの迷信だ、そんなものが居るわけがない」と飽きれたように呟く父に
おじいちゃんは「わしはお前たちが大切だからこそ、巻き込みたくないんだ」と言いました。
そして食卓は静まりかえり、虫の声だけが聞こえていました

すると、外から「ズルズル」と、何かをひきずるような音が聞こえたんです。
家族全員が訝しげに顔を見合わせた後、おばあちゃんが先陣をきって様子を見にいきました。
しかし障子を開けた後、おばあちゃんが動きません。
おじいちゃんも両親も「どうしたの?」「何があったの?」と心配して声をかけます。
だけどおばあちゃんは立ち尽くしたまま動きません。
そしておじいちゃんが後に続いて立ち上がった瞬間
おばあちゃんは「ぎゃああああああ」と大きな声で叫んで、仰向けに倒れていきました。
おじいちゃんが慌てて抱きかかえたのですが、その顔は蒼白で恐怖に引きつっていました。
両親もおばあちゃんの傍に駆け寄りました。
おばあちゃんは「びょうが・・・びょうが・・」と呟くきりです。

その様子があまりにおかしいので、父はおばあちゃんを抱き抱えて車に走りました。
救急車を呼ぼうにも、ここには電話が無かったからです。
私はその間、ずっと外を見ていました。
正確には、おばあちゃんが見ていたであろう場所にあった「それ」を見ていました。
「それ」は一見ドッジボールぐらいの大きさの歪な肉の塊に見えましたが
その表面が裂け中から目玉のようなものが見えた時に
「それ」が生き物のような何かだとわかりました
金縛りにあったかのように私が動けずにいると、突然おじいちゃんが私を抱き抱えて
「見てはいかん!」と、私を両親の待つ車のところまで連れて行き
は私を車に乗せ、「後を片付けなければならない」と家の中へ戻っていきました。
父は何度も呼び戻そうとしましたが、おばあちゃんを病院に連れて行くことが先決だと
仕方なく暗い山道を走り出しました。
私は車の中で、ただただわけもわからずに泣くだけでした。

続く