[迫り来る黒い点]
夏の夕方-----特に海岸にいる時-----になると友達の体験した話をふいに思い出す事が多くなる。
彼女が高校生の頃だから、もう7〜8年も前になるだろうか。
この時期に父親がやっと休みが取れたと言う事で、彼女達家族は遅めの家族旅行に出たんだそうだ。
家族旅行と言っても遠くまでは行けないから、両親の実家への墓参りを兼ねての自動車旅行だ。
両親の実家まであと30分もかからないだろうと言うところ。
海沿いの国道を走る車の窓からは水平線に沈む夕日の単調な風景しか見えなかったので、
彼女は車の後部座席でそれをぼんやり眺めていたのだけれど、不意に隣に座る弟がとても具合の悪そうに
している事に気付いて運転する両親にそれを伝えた。
どうやら車酔いのようだ。
家まであと少しだからと宥めても弟は吐く、吐く、の繰り返しで、困った両親ではあったが
丁度目の前に国道から分岐して海岸へと降りる事の出来るなだらかな下り坂を発見し、他に停まれそうな
場所がなかった事もあってそこで弟を休ませることにした。
車は海岸へ進み、停まる。
外の風に当たれば治るだろうと、彼女は弟を連れ出して暫くその辺りを散策した。
国道沿いとは言え、田舎道。漁も終わった時間、近くに商店もなければ民家もまばらにしかない。
外に出て動いているのは自分達だけなんだなぁ、と思うと彼女は少しだけ怖くなった。
けれど隣には弟もいるし、夕日はまだ完全に沈んではおらず辺りは明るい。
暫くすると弟の具合が良くなったこともあり、怯えたのが急に馬鹿らしくなって彼女はもう行こう、と
弟に問い掛けた。
両親の乗った車からは少しばかり離れてしまった。さくさくと砂を踏みしめながら彼女は弟と車に戻る
------------------はずだった。
海を見ながら歩いていた弟の歩みがぴたり、と止まったのだ。不審に思って彼女は弟にどうしたの? と
聞こうとして「どう・・・・・・」まで言った時、「姉ちゃん、あれ、なんだと思う?」と弟から逆に質問されてしまったのだ。
声につられて見た先は、夕日の沈む大海原。空、海、夕日、そしてシルエットになった鳥の姿。
それ以外のものは彼女の目には映らない。
見たままの事を伝えると「違うって、それじゃなくてあの、なんかあるじゃん、黒い点!!」と弟はムキになって
一点を指差し続けた。