[タクシードライバー]

長文になりますが、体験者本人からの実話を名称等の都合からフィクションとして書き直しました。

これは、あるタクシードライバーの話。
毎日色んな人を乗せている職業なだけに、不思議な人と出会う事も少なくない。

土曜日の夜、時間は深夜3時。新見は次の乗客を乗せたら、区切りよく30組目になるので仕事を切り上げようと思っていた。
ピーピー と、タクシー無線からデータ配車の電子音がなる。
新見の会社の車には、通常のタクシー無線とGPS機能のあるディスプレイがついている。
お客様から予約の電話が入ると、GPSによって一番近い車両にデータ配車の指示が出るようになっている。
ディスプレイには場所・お客様の名前・時間など注意事項。そして、その場所への文字による簡易ルート案内まで表示される事になっている。
<○○バス停から、2つ目の交差点を右、次の交差点を左、左手3軒目>と、いう感じだ。
その時、新見のディスプレイに表示されていたのは
<旧ホテルサンセット 女性のお客様>
新見の現在位置から20分ほど離れた場所にある海岸沿いのラブホテル。すでに何年か前に廃業していた。
場所はすぐに分かったのだが、こんな時間にお客様のいるような場所ではない。
もしかしたら、目印として一番分かりやすかったから、お客様はそこを指定したのかも知れないと思い
注意事項などが無いか、ディスプレイの表示を切り替えた。
<国道をみちなり>
表示された情報はそれだけ。今まで電波の都合で、ルート案内自体が表示されなかった事はあったが
こんなアバウトな表示は初めての経験だった。
少しだけ違和感を感じながらも、場所は知っているところだし、そんなところに女性が立っていれば見逃すはずがない。
新見はデータ配車の指示通り、その場所に向かう事にした。

八月も終わろうとする頃、夜風が少しだけ涼しく感じる。窓を開け、海風を受けながら新見は車もまばらになった国道を走っていた。
「今日はこれで終わりだな」誰に聞かせるともなく、独り言をつぶやきながら、ある事を思いだした。
廃業になったホテルサンセットのすぐ目の前にはトンネルがあり、どこにでもあるような怪談があった。
白いセダンで通るとトンネル内で女性が見える、とか、クラクションを2度鳴らすと何か見えるとか。
そして、ホテルサンセット自体もその影響で、泊まると幽霊が出るとか良からぬ噂がたち、何度か改装・改名したものの
段々と客足も遠のき、ついには廃業となった。
「まさか、幽霊だったりして・・・」口に出して、ちょっとだけ寒気がした。ただ、今まで新見はその手の物を観た事がないし、
わざわざ予約してくる幽霊なんておかしな話だ。

そうやって、色々と考えながら走るうちに目的地は近づいた。次のカーブを曲がれば見えてくる。
薄暗くオレンジ色の光を漏らしているトンネルの入り口に、寂れた建物。
怖い噂を知らなかったとしても、一人で待っているには男でさえも躊躇するような状況。
20代前半の女性、白のブラウス、ピンクの膝丈までのスカート、ヘッドライトに浮かび上がった。
新見は少し手前から車を徐行させ、その女性の全身を確かめるように見た。
「足もちゃんとあるよなぁ」どこかで恐怖心が残っていたのを、払拭するようにつぶやいて女性の前でドアを開けた。

「こんばんは どちらまでですか?」
「こんばんは ○○団地までお願いします」
ごくごく普通の目的地。この近くにはまばらながらも住宅はあるし、そこからの帰りなんだろう。新見は少し安心した。
「はい ○○団地ですね」
車をUターンさせ、もと来た道を引き返す。ここから15分ほどの距離。
「すいません こんな所に呼び出してしまって・・・」
「いえいえ さすがにこの時間は車自体通らないですからね。外でまたなくても、お宅から呼んで頂ければ調べて迎えに来たんですが・・・」
新見はいつも通り愛想良く会話を続けようとした。
「道路まで出たら、タクシーが通るかなって思って。でもなかなか来ないから呼んじゃいました」
「そうなんですか。でもあんな所で待つのは怖くなかったですか?」
「さっきまで友達がいてくれたので、大丈夫でしたよ」
「あ、そうだったんですか。でも、あそこは・・・」良くない噂があるって事、を言おうとして新見は思いとどまった。
「ん?なんですか?」
「いえいえ 何でもないです。それにしても、やっと涼しくなってきましたね」
「そうですね」
他愛のない会話が続く。

新見は、普段から乗客の顔をまじまじと眺める事はしない。ミラー越しであっても、目があったりするとなんとなく気まずい気がする。
でもこの時は、こんな状況で乗り込んできた女性に少なからず興味があった。
落ち着いた感じの化粧っけの無い顔。経験上の予想では、主婦とか教師とか・・・。とにかく見られる事を意識している風ではない。
どちらかと言うと新見の好みの部類だ。若くて刺激的な格好をする女性とは、どうも話が合わない。
一通り観察した後、新見は視線を前方に集中し、会話を続けていた。
ところが、会話を続けるうちに少しずつ違和感を感じ始めた。

続く