[幽霊団地]
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横になっても僕らはなかなか寝付けなかった。
メンマがいきなり屁をこいて笑わせたりするもんだから、
ようやくうつらうつらしてきたのは、午前1時近かったんじゃないだろうか。
みんな静かに、眠っているか、開けっ放しの窓から聞こえる虫の声を聞いてたりしていると、
突然メンマと半田が同時に言った。
「今日、樋口のおっぱいがさあ・・・」
「なんか音しね・・・?」
え?
メンマも言いかけた言葉を飲み込んで押し黙った。僕も耳を澄ます。
ずる・・・
僕らが寝ている隣の部屋で、かすかに何か音が聞こえている。それも低い位置で。
それはメンマが学校で言ったように畳の上を何かが摺っている音のようだった。
やべ・・・
僕は思った。さっきまで3人でバカ笑いしてたのが嘘のようだ。
マジで出た。やべーよコレ。
「開けてみる」
隣の部屋との襖を、半田が開けようとした。僕は止めたかった。このまま聞かない振りをして寝てればいいじゃないか。
でも半田は襖を・・・開けた。
ずる・・・ずる・・・
音はさっきより大きく聞こえ出した。
「やべえ・・・まだ聞こえる・・・」
「で、電気つけろよ、電気!」
メンマが寝室の電気をつけた。あわてて引っ張ったスイッチのせいで、照明がぶらんぶらんと揺れる。
音のする部屋に光が届いたり真っ暗になったり・・・古い箪笥の上の人形が、奇妙な影を落とす。ずるり・・・ずるり。
「しゃ、写真・・・ろ、録音!」
「なんか、音、こっち来てねえか?」

ずる・・・ずる・・・
僕が慌ててカセットレコーダーのスイッチを入れた。
「なんか来てるよ! 今まで来なかったじゃん! なんで来るんだよ!」
それは襖を開けたから。今までメンマは音がしても決して襖を開けず、毛布をかぶって聞かない振りをしていたから・・・
ずるずるずる・・・
畳を摺る音・・・いや、這いずってる音だ、これは。音は寝室の中に入り込み、僕らの周りをゆっくりと回りだす。
ずるり、ずるり、ずるり、ずるり・・・
何周かして、音がメンマの後ろに回ると、音が、止んだ。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
僕らは押し黙ったまま、じっとメンマを見つめた。
メンマはもう、今にもひっくり返りそうな顔をして僕らを見ていた。
なんとかしてくれ! その顔はそう言っている。
15分くらい、僕らはこのままでいたと思う。
メンマが聞いてきた。
「おれの後ろ・・・なんかいる?」
僕は横に身を乗り出してメンマの後を覗こうとするけど、何も見えない。
「うぎゃあ!」
突然メンマが身をよじった。
「背中背中!なんか背中あああ!」
メンマはひっくり返り、畳の上をゴロゴロ転がる。
「な、なんにもいねーよ、メンマ!」
「そ、そうだって! なんにもなってないぞ、メンマ!」
「え・・・?」
メンマが泣きそうな目で僕らを見る?
「なんか居ね? 居ね?」
「いねーって! 大丈夫だってメンマ!」
「そ、そうか・・・」
僕らはまた見つめあった。

「ね・・・寝ようぜ」
半田が言った。
うん、そうだな・・・
僕らは半ば呆然としながら、部屋の隅に三人ひっついて横になった。
「あ、その前に・・・」
パシャリ。半田が僕とメンマの写真を取った。
「ま、記念と言うことで」
あ、あはははははは。僕らは乾いた笑いをして恐怖を追い払おうとした。
と、その時。
ガチャン!
「うお!」
「ぎゃあ!」
「うひゃへあ!」
それは、テープが最後まで行って、上がった録音のボタンの音だった。

翌朝、僕が目を覚ますと、最初どこにいるのか分からなかった。
そして、ああ、メンマの家だっけかと思い出すと、夜中の音の記憶が戻ってきた。
急におっかなくなって、僕はメンマと半田をたたき起こした。
部屋にいたくなかったので、もう帰ろうかと半田と話すと、メンマが急に可哀想になった。
メンマの親は、夜まで帰ってこない・・・
「そうだ、メンマ、僕んちこいよ。朝飯いっしょに食おうぜ」
そう言うとメンマは、いかにもホっとした表情を浮かべた。
半田は写真を持ち、現像に出してくると言って帰っていった。
そして何事もなく数日が経った。
僕んちでメンマと遊んでいると、半田が現像された写真を持ってやってきた。
もうこの頃には、あの夜のことは気のせいだったんじゃないかと思えてくる。
「どうだった?なんか写ってたか?」
「まだ見てねえ。一緒に見ようぜ。そう言えば、写真屋の人が、可愛い弟さんですねって笑ってたぞ。
お前、おれの弟だと思われたんじゃねえ?」

続く