[手紙]
前頁

翔太は急いで家の中に飛び込み、鍵を閉めた。そして寝室に飛び込み…戦慄した。
恵「…おかえり…翔太。」
目の前に、紛れもなく"彼女"が立っている。あのとき死んだはずの…"彼女"が。
翔太「…な、何しに…何しに来たんだよ…」
震える声で問いかける翔太に、恵は無機質な笑顔を見せる。
恵「ずっと…ずっと、会いたかったんだよ?翔太も私のこと、ずっと待ってくれてるんだと思ったのに…」
恵の右手に、何か怪しく光る物が握られていた。凝視しなくてもわかる。カッターナイフだ。翔太の顔に冷や汗が滲む。
恵「…一緒に来てよ。私、翔太と一緒に居たい!」
恵がカッターナイフを振りかざした。一歩一歩、ゆっくりと翔太に近づく。
翔太は、何も言えなかった。動くこともできなかった。ただ、恐怖に捕らわれていた。
…翔太の頭に走馬灯が走る。何故だろうか、このような状況にも関わらず…翔太の脳裏をよぎるのは、恵との楽しい思い出ばかりだった。
一緒に行った遊園地だとか、そんな他愛のない思い出だった。でもそれは…大切な、思い出だった。翔太は、きっと目を見開いた。
翔太「…もう、やめてくれ!お前は…お前はそんな奴じゃなかった!」
本心の言葉だった。一緒に居た頃の恵は、いつも優しく自分のことを考えていてくれた。
翔太「そうやって自分のことしか考えない奴じゃなかっただろ!俺は…そんな風になった恵を見たくないよ!」
恵の足が止まった。その表情は無機質で、何も読み取れない。
翔太「お前は死んだんだ!…でも俺は、俺は本当にお前が一番好きだった!」
翔太は、あらん限りの声で叫んだ。死の恐怖と隣り合わせにも関わらず…恵が死んだとき、伝えられなかった…伝えたかった言葉だった。
翔太「…俺は、お前のこと、忘れてなんかいない!ずっとお前のことを好きでいる!」
再び沈黙。恵は困惑したような表情を見せた。しかしやがて…一筋の涙が、その頬を伝うと共に、恵は口を開いた。
恵「…ありがとう。」
やっぱり、一言だった。その一言を言い残し、恵はゆっくりとその姿を薄れさせていった。
翔太は放心し、立っていることすらできなかった。だが、やがて…目を閉じ両手を合わせ…消えた幽霊の冥福を祈った。

朝が来た。結局一睡もできなかった翔太は、布団から起き上がると、恵の消えた辺りにもう一度手を合わせた。
拝み終えた翔太は、新鮮な空気を吸おうと窓を開けた。…丁度、郵便局の車が外を走り去っていくところだった。
翔太は、郵便受けを覗くために外へ出た。朝の心地よい日差しが目に染みた。
郵便受けには、朝刊と…差出人不明のはがきが一通。翔太は、何の気なしにその裏面を見た。
  「昨日はどうもありがとう!まだ私のこと、好きでいてくれたなんて嬉しいな。今度は貴方が私に会いに来て!」
読み終えると同時に、すぐ側で轟音が響いた。直後、カーブを曲がり損ねたトラックが、立ち尽くす翔太の元へと…





(´・ω・`)前スレで「時報」と「手袋」を書いたものです。
昨日の夜見事にアク禁を喰らって投下できなかったもの、投下しました。遅れてごめんなさい。
こっちのほうが読みやすいかと思い、架空の人物名を使ってみました。


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