[幽霊はどうして鉄塔に登るのか]
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周囲に明かりがなく、目を凝らしてみても鉄塔にはなにも見
えない。
オカルトは根気だ。
簡単には諦めない俺は、夜中3時まで座り込んで粘った。
出る、という噂も逸話もない場所で、そもそも幽霊なんか見
られるんだろうかという疑念もあった。
骨組みに影が座っているようなイメージを投影し続けたが、
なにか見えた気がして目を擦るとやっぱりそこにはなにもな
いのだった。
結局、見えないものを見ようとした緊張感から来る疲れで、
夜明けも待たずに退散した。
翌日、さっそく報告すると師匠は妙に嬉しそうな顔をする。
「え? あそこの鉄塔に行った?」
なぜか自分も行くと言いだした。
「だから、何も出ませんでしたよ」
と言うと、だからじゃないかと変なことを呟いた。
よくわからないまま、昼ひなかに二人してあの鉄塔に行った。
昼間に見ると、あの夜の不気味さは薄れてただの錆付いた老
兵という風体だった。
すると師匠が顎をさすりながら、ここは有名な心霊スポット
だったんだ、と言った。
頭からガソリンをかぶって焼身自殺をした人がいたらしい。
夜中この鉄塔の前を通ると、熱い熱いとすすり泣く声が聞こ
えるという噂があったそうだ。

「あのあたりに黒い染みがあった」
金網越しに師匠が指差すその先には、今は染みらしきものは
見えない。
なにか感じますか。と師匠に問うも、首を横に振る。
「僕も見たことがあったんだ」
自殺者の霊をここで。
そう言う師匠は焦点の遠い目をしている。
「今はいない」
独り言のように呟く。
「そうか。どうして鉄塔にのぼるのか、わかった気がする」
そして陽をあびて鈍く輝く鉄の塔を見上げるのだった。
俺にはわからなかった。聞いても「秘密」とはぐらかされた。
師匠が勝手に立て、勝手に答えに辿りついた命題は、それき
り話題にのぼることはなかった。
けれど今では鉄塔を見るたび思う。
この世から消滅したがっている霊が、現世を離れるために
『鉄塔』という空へ伸びるシンボリックな建築物をのぼるの
ではないだろうか。
長い階段や高層ビルではだめなのだろう。
その先が、人の世界に通じている限りは。


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