[四隅]
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つまり、消えてしまった人間に関する記憶が周囲の人間からも
消えてしまい、矛盾が無いよう過去が上手い具合に改竄されて
しまうという、オカルト界では珍しくない逸話だ。
しかしいくらなんでも、5人目のメンバーがいたなんて現実味
が無さ過ぎる。その人が消えて、何事もなく生活できるなんて
ありえないと思う。
しかし師匠はその話を聞くと、感心したように唸った。
「あのオトコオンナがそう言ったのか。面白い発想だなあ。
 その山岳部の学生の逸話は、日本では四隅の怪とかお部屋様
 とかいう名前で古くから伝わる遊びで、いるはずのない5人
 目の存在を怖がろうという趣向だ。それが実は5人目を出現
 させるんじゃなく、5人目を消滅させる神隠しの儀式だった
 ってわけか」
師匠は面白そうに頷いている。
「でも、過去の改竄なんていう現象があるとしても、初めから
 5人いたらそもそも何も面白くないこんなゲームをしますかね」
「それがそうでもない。山岳部の学生は、一晩中起きているた
 めにやっただけで、むしろ5人で始める方が自然だ。それから
 ローシュタインの回廊ってやつは、もともと5人で始めるんだ」
5人で始めて、途中で一人が誰にも気づかれないように抜ける。
抜けた時点で回転が止まるはずが、なぜか延々と続いてしまう
という怪異だという。
「じゃあ自分たちも、5人で始めたんですかね。それだと途中
 で一度逆回転したのはおかしいですよ」

5人目が消えたなんていうバカ話に真剣になったわけではない。
ただ師匠がなにか隠しているような顔をしていたからだ。
「それさえ、実際はなかったことを5人目消滅の辻褄あわせの
 ために作られた記憶だとしたら、ストーリー性がありすぎて
 不自然な感じがするし、なんでもアリもそこまでいくとちょ
 っと引きますよ」
「ローシュタインの回廊を知ってたのは、追加ルールの言いだ
 しっぺのオトコオンナだったね。じゃあ、実際の追加ルール
 はこうだったかも知れない『1.途中で一人抜けていい。
 2.誰もいない隅に来た人間が、次のスタート走者となり、
 方向を選べる』とかね」
なんだかややこしい。
俺は深く考えるのをやめて、師匠を問いただした。
「で、なにがそんなに面白いんですか」
「面白いっていうか、うーん。最初からいなかったことになる
 神隠しってさ、完全に過去が改竄されるわけじゃないんだよね。
 例えば、誰のかわからない靴が残ってるとか、集合写真で一
 人分の空間が不自然に空いてるとか。そういうなにかを匂わ
 せる傷が必ずある。逆に言うとその傷がないと誰も何か起っ
 てることに気づかない訳で、そもそも神隠しっていう怪談が
 成立しない」
なるほど、これはわかる。
「ところでさっきの話で、一箇所だけ違和感を感じた部分がある。
 キャンプ場にはレンタカーで行ったみたいだけど・・・・・・」
4人で行ったなら、普通の車でよかったんじゃない?
師匠はそう言った。

少なくとも京介さんは4人乗りの車を持っている。
わざわざ借りたのは師匠の推測の通り、6人乗りのレンタカー
だった。
確かにたかが1泊2日。ロッジに泊まったため携帯テントなど
キャンプ用品の荷物もほとんどない。
どうして6人乗りが必要だったのか。
どこの二つの席が空いていたのか思い出そうとするが、あやふ
やすぎて思い出せない。
どうして6人乗りで行ったんだっけ・・・・・・
「これが傷ですか」
どうだかなぁ。ただアイツが言ってたよ。かくれんぼをしてた
時、勝負がついてないから粘ってたって。かくれんぼって時間
制限があるなら鬼と隠れる側の勝負で、時間無制限なら最後の
一人になった人間の勝ちだよね。どうしてかくれんぼが終わら
なかったのか。あいつは誰と勝負してたんだろう。
師匠のそんな言葉が頭の中をあやしく回る。
なんだか気分が悪くなって、逃げ帰るように俺は師匠の家を出
た。
帰り際、俺の背中に「まあそんなことあるわけないよ」と師匠
が軽く言った。
実際それはそうだろうと思うし、今でもあるわけがないと思っ
ている。
ただその夜だけは、いたのかも知れない、いなくなったのかも
知れない、そして友達だったのかも知れない5人目のために、
祈った。


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