[漬け物石]

これは俺の祖父祖母の家の話で、本当は他人に話してはならない話。
すべて実話なので読んでもらいたい。
ちょっと長くなるが、ご容赦を。

去年の7月のことだ、
俺の祖父と祖母は老人ホームですでに他界していて、
実家を管理する人がいなかったから荒れ放題になってしまっていた。
本来ならば相続の関係で俺の母親の姉(長女)がその実家を引き継ぐはずだったんだが、
なぜか姉夫婦は相続を頑なに拒んで放棄したので、お鉢が俺たちの元へ回ってきた。
その時は田舎の山奥という場所の悪さと、都会暮らしに慣れ親しんでいる姉夫婦のことだから興味も無いのだろうな、くらいに思っていた。
ところが俺の母親も厄介なもんが回ってきた、と肩を落としていた。
ともかくうちで実家の母屋と土地を相続することになったから、両親と俺の3人で実家の大掃除に出かけたんだ。
実家を訪れるのは俺ですら10年ぶりで、本当に山奥のド田舎だった。
(熊が麓まで降りてくるって有名な山の近く)
長い間手入れしていなかったから、門から母屋の玄関までもう草がボーボーで腰近くまで生えていた。
草刈り機を持ってきた親父もさすがに参った様子で、とりあえずみんなで母屋の中に入ったんだわ。
すると蜘蛛の巣と虫の死骸とかでえらい騒ぎで、「亀虫」がそこらじゅうにへばりついていた。
臭いし、汚いし、(何で俺がこんなところを片づけなきゃいけないのか…)とすでに憂鬱になっていた。

掃除しようにも、とても一日やそこらで片づく状態じゃなかった。
とりあえず俺は貴重なものが無いか部屋の中を色々探し始めた。
ガスも水道も電気も止まっているから、懐中電灯片手に作業。
でも貴重品があるはずもなく、ほとんど衣類とかゴミばかりだった。
俺は小学生くらいの時にはよく実家で遊んだが、両親が家を新築してすぐに祖父祖母の元を離れたから、
思い出もほとんど無く、写真とか本とかも片っ端からゴミ袋に詰め込んだ。
母屋は築110年以上経っていると聞かされていたから昔は相当立派なものだったと思う。
さらに祖父には弟たちが何人かいたが、祖父を含めてみんな陸軍の将校だった。(みんな戦死したらしい)
壁とかには木銃?みたいなのもかかっていて、まるで戦時中のような古めかしさを感じた。
だから俺はもう部屋の掃除よりもこの家を探検してみたい気持になって裏庭とか、農具の小屋とか、色々見て回り始めた。

あっちこっち探索していたら、母屋に屋根裏部屋があることに気づいた。
もちろん覗いてみたくなって、近くにあった枝切り挟みの柄で木枠のある天井の板を突き上げて外したんだ。
母親が「そんなところ鼠が這ってるからやめなさいよ」と言ったんだが、下駄箱の上に立って屋根裏によじ登った。
天井裏は確かに埃と鼠の糞だらけで、腐ったあちこちの板の隙間から外の光りが漏れていた。
広さはかなりあったが、めぼしいものは何も無く、かなり昔の農具や風車が転がっていた。
苦労して登ってみたわりには面白いものが見当たらず、俺は少し落胆して降りようと思ったが、
ライトでよく見回していると、屋根裏部屋の壁の隅に「ポスター」みたいなのが貼ってあることに気づいた。
俺は目が悪いのでもっと近くで見ようと、鼠の糞だらけの汚い床を歩いてその壁のところまで寄ってみたわけ。

んで近くでよく見てみると、そのポスターに見えたものは一枚の「張り紙」だった。
紙は黄ばんでいて筆で何か書かれていたが、達筆で俺にはよく読めなかった。
ただ、「大正二年」って書かれているのが読めたから多分、祖父あたりが書いたものだろうと思ったんだ。
ところが不可解だったのは、その紙が何重にもなっていて、米つぶを糊にしたものでしっかり張り付いていたことだった。
見た感じで10枚くらい重ねて一枚一枚が両面くっついているから、(なんか変だな)とは思った。
その紙自体も壁板に糊で張りついていて、とにかくこれが何なのか気になった俺は、
この紙を母親に見せてやろうと隅のほうからゆっくり剥がしてみた。
上手く剥げずに裏の紙が板に残ってしまったんだけど、そこに俺はぞっとするものを見た。

『○○家 ノ?? 開ケルベカラズ ??禁ズ』

記憶にある限り、紙の裏の板に筆の縦書きでそう書いてあった(?は見たこともない漢字で読めなかった)

続く