[漬け物石]
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意味も分からず漠然と恐怖を覚えた俺は、剥いだ紙を母親に見せるのも忘れて慌てて屋根裏から降りた。
ちょうど居間で掃除していた母親にこのことを話すと、突然母親は「そんなところにあったかッ!」
と絶叫して玄関に走り出すと、気が狂ったように屋根裏入り口の板を元に戻し始めた。
一体何がどうしたのか状況を飲み込めない俺は、呆然とその様子を居間で眺めていた。
母親は板を元に戻すと、その真下にあった下駄箱を横に倒して俺のところに駆け寄ってこう言った、
「開けたか!?! 見たのか!? 正直に言いなさい!!」
(ハッキリ言って今でもあの時の母親の異常な剣幕は脳裏に焼きついている。完全に人格違ってた)
俺はもうただ「いや、なんも見てない見てない…」と、わけも分からず宥めるように答えた。
あまりにもでかい声出して怒鳴るもんだから、外で草刈ってた父親も飛んできて「どうしたい?」と様子を見に来た。
母親は俺が何も知らないことを確認すると、安堵したあと「バカタレッ!!!」とまた怒鳴りつけた。

事態が収まったあと、俺の弟には話さないことを約束として母親が事情を話してくれたんだが、
母親がまだ子供の頃、この家には「入ってはいけない部屋」というものが存在したらしく、
母親は日頃から両親にしつこくその話をされたのだという。
なんでもその部屋がこの家の何処かにあって、その部屋に入ると祟りに合うと言われていたらしい。
おかげで母親はその部屋のことが幼い頃からすっかりトラウマになってしまって、
朝学校へ行くと夕方になっても外で遊んで家に戻らなかったという。
その「入ってはいけない部屋」は曾爺さんの代からあったらしく、曾爺さんの兄貴だが誰かがとにかく厳しい人で、
自分の子供を折檻するためによく、1メートル四方くらいの箱の中に蓋して閉じ込めて漬物石を乗せていたらしい。
ところがそんなある日、何かの原因でその子供が箱の中で死亡し、夏に葬式が行なわれたという。

この事件以降、家の中ではお重箱や弁当箱、箱という箱の「蓋」がすべていつの間にか外されたり、
鍵をかけてある蔵の漬物桶に何度石を置いても、いつの間にか漬物石がすべて軒下に運ばれるという不可解な現象が起きたらしい。
この怪奇現象の話は俺も生前の祖父から何度か聞かされた記憶がある。
当時はお祓いなどもさんざんしたようで、その箱を供養のために四九日間、家に安置することになったという。
ところが戦争で家の男衆が召集されてゆくと、箱を気味悪がった家族らが「家の中の人目につかない場所」に隠してしまった。
こうして家の構造上、あるはずのない「小部屋」が作られ、そこに収められたという話だ。
結局、部屋の場所だけは祖父祖母も死ぬまで喋らず、娘たちにも話さなかった。
だが俺は、屋根裏のあの紙が貼られてる壁板の周囲だけ外からの陽射しが無かったのを見た、
つまりあの張り紙の奥こそが「入ってはいけない部屋」であり、(母親はそこまで言わなかったが、言いたくもなかったと思う)
何枚も重ねて貼られていたあの紙は恐らく、何重にもする必要があった御札の一種ではないかと思う。よほど強力な怨念があったのかもしれない。
だが恐怖体験はこれで終わりじゃなかった、

その後、掃除を切り上げて3人で家に帰ると、
留守番していた中2の弟が俺らを見るなりこう言った、

「その石どうしたの?」

肌が泡立った。

後で弟に聞いてみたが、俺と母親と父親、

三人揃って大きな漬物石抱えて帰ってきたんだと。

以上ですが、
それ以来、この話は家族の間で一切しなくなった。
触れてはならないものだと感じた。
もちろん実家にはもう近づかないし、
あの屋根裏部屋に何があるのかも考えたくない。
いまでもあの小さな部屋には怨念が漂っていると思う。


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