[錆びたかんざし]
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一瞬、廃屋じゃなかったんだ、やばい、でも裸かよ、とか思ったらしいんですけど、
抱え込んだ膝に上に頭を伏せていたその人が彼の気配に気付いたのか、顔をあげたらしいんです。
「顔は見なかった。あのまま見てたら振り返ったんだと思う。でももう頭を上げた瞬間に引き返した」と彼は言いました。
その人(?)は、頭が通常の人間の3倍くらい横に長く、髪の毛はまったく無くて、「フアァ・・」ってあくびするみたいな何か言うみたいな変な声を出した、って言ってました。
その声で、絶対やばいもんだと確信したらしいです。「俺さあ、霊感とか全然無いしさあ、金縛りだってあったことねーのに。でもあんなの初めて見た、絶対やばかった。今でも震えが止まらない」って言っているのを聞いて、わたしもまた鳥肌が立ってきました。
「てっちゃん(彼の仮名)が怖かったからびっくりしたけど、わたしもすっごく怖かったよ。後ろでじゃりって足音したよね・・・」
「ごめん、もういいよ、あんましゃべんねーほうがいいよ。もう忘れよう。ごめん、今度からちゃんとホテルでやろう」と彼が言って、
その瞬間、あそこでからんと音がきこえたのを思い出し、はっとなってバッグの中を見ると、案の定無くなってたんです、彼に買ってもらった髪留め(洋風のかんざしみたいな)が・・・やっぱり落としてたんです。

でも、あそこで落としたなんていえないから、もうこれは平日の昼間、人通りがあるときに自分でとりにいこう、と決めました。
けっこう高いやつだったし、気に入っていたので、怖い気持ちはもちろんあったけど、昼間なら大丈夫、と思って、
結局次の日、大学に行く前に、おばあちゃんの数珠(笑)とお守りとか塩とかを持って、その場所に向かいました。
朝の神田は、やっぱり人がたくさん居て、普段うざいオヤジとかサラリーマンさえも、大事にいとしく思えるくらいでした(笑)
で、問題の場所についに差し掛かりました。通勤のサラリーマンの行列に混じって。
そうしたら、なんと驚いたことに、工務店のほうは廃屋じゃなかったんです。やってるのかは怪しかったですが、とりあえず引き戸が開いていて中に軽トラが入ってるのが見えました。
やってるとは思わなかったんで、どうしようと行列からはずれて迷っていたら、例の路地の奥からおばあさんがほうきとちりとりを持って出てきました。
そうして工務店の前を掃除し始めました。しばらく見ていたら、ふと目が合って、おばあさんが手を止めてわたしをじっと見てきました。

もうこうなったらと思って、「すいません、昨日か一昨日くらいに、このへんで金色のかんざしみたいなクリップみたなのを落としちゃったんですけど無かったですか?」
と近づきながら聞いてみました。
おばあさんはじっと相変わらず私を見ていて、ちょっと一瞬怖くなったけど、別段昨日みたいなこの世ならぬ寒い感じはしなかったし、明るくて人通りもたくさんです。
「いつ?あんたここの道入ったの?」とおばあさんが言いました。「いや、入ったってほどではないんですけど、ちょっと酔っ払ってたんで・・」と言葉を濁したら、
「かんざしなんて無いよ。このこと?」と、緑の大きなちりとりの中に、葉っぱとかゴミと一緒に入っているのを指指しました。
「あ!これです」って手にとった瞬間・・・金色のメッキでビーズがついていたクリップは真っ赤に錆びていて、触った瞬間昨日の鳥肌がまた立ちました。
「こんなに汚れっちまって、そんでもいんならいけど、いらないんなら置いてきな。ばあちゃんほかしといてやるから」(なぜか関西弁?)とおばあさんが言いました。
気に入っていたし、たぶん手にとった瞬間の鳥肌が無ければあれだけぼろくても持って帰ったと思います。
でもすごくいやなかんじがして、持ち帰りたくないと強く思いました。「・・すいません、じゃあこのまま捨ててください」「酔っ払いだかなんだか知らんけど。ここ私道だからね。もう入ったらだめだよ」とおばあさんが言いました。
人通りはたくさんありましたが、来たことを後悔していました。早くその場を立ち去りたくてたまりませんでした。
おばあさんに挨拶もそこそこに帰ろうとして、一瞬ちらっと振り返りました。おばあさんはほうきとちりとりを持ったまま、さっきまでとは別人のように怒りの表情を浮かべてわたしを見ていました。
路地の奥が少しだけ見えました。通路のむこうに、内股すぎる頭の大きな人が曲がって消えていくのが見えました。


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