[蝉]

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ながらも、ティッシュで死骸をつまみ、コンビニの袋に入れて持ち手を堅く結び処理します。
理解の範疇だった出来事に胸を撫で下ろすと、意識はPCに戻りました。
「なんか調子おかしかったから確認しないと」
そう思って再度起動します。
不安をよそに、PCは何の問題もなく立ち上がり、IEも開くことができました。
『お気に入り』から先ほどのまとめサイトを開いてみることにします。
やたら時間がかかって右下の緑のバーが少しずつ進みます。
やっと開いたと思うと、突然ディスプレイが真っ暗に。またシャットダウンしたのです。
「おいおい…」
声になるかならないかのような独り言で愚痴を言うと、次の瞬間凍りつきました。

僕は部屋の中央を跨いで、ベランダのガラス窓を背にしてPCに座っているのですが、
PCのディスプレイに写り込んだ景色、そのベランダに見たことの無い女が立っていたのです。
え?え?え?え?え?え?何?誰?え?
体が固まってどうしようもありません。背中からスゥーっと体温が奪われるような錯覚を覚えます。
何をすればいいのか、何が起こっているのかも分かりません。
こいういう時、霊的な体験の無い僕みたいな人間は、その時の僕と同じくこう思うと思います。
「やばい…変なヤツがいる」
変質者だと思った僕は、振り向いたら気付かれたら、逆上されこちらの身が危ないと思いました。
なんとか気付いていないフリで警察に連絡しなければとグラグラする頭でなんとか考えます。
どうしよう、どうしよう…!

何度見ても動かないその女はこちらを見ているようなアングルで一切動かずに立ち続けています。
髪の毛は黒くて、毛先に軽いパーマ。肩ほどの長さです。
ダッフルコートのような上着を着ていて、その下から膝丈ほどの黒か紺のスカートが覗いています。
手には何も持たず、なにか無心で立っている様子です。
それを確認すると、僕の中にある「あれは間違いなく変質者」という思いが改めて固まりました。
夏なのに、ダッフルコート。なんとも気味の悪い女です。
今は淡々と書き綴っていますが、その時の僕はパニックにリーチがかかった精神状態です。
真っ暗のディスプレイを見つめ、頬をボリボリ掻いていたと思います。

考えているつもりで、考えていなかったのでしょうか、
半分無心だった僕は、ディスプレイに写っていた女をもう一度ディスプレイ越しに確認すると、
警察に電話しようと思っていたんだ、とふいに思い出し、携帯電話を探しました。
できる限り首を動かさずに、限界まで目玉を動かせてうつむく様に部屋の中を見ると、
ちょうど今座っている椅子の後ろ辺りの床の上に転がっている携帯電話を見つけます。
これなら後ろ振り向かなくても届く…そう思って前にかがむようにして指先で弾くようにして携帯電話を手にしました。
よし、届いた!
そう思って姿勢を戻すと…あれ!!!
女の姿は何もありません。
慌てて振り返って直接ベランダを見てもやはり誰もいません。

携帯電話を手にしながら呆然としていましたが、
「僕が気付いたと思って、慌てて逃げたか隠れたんだ」
と思い、ペン立てにあったハサミを防護用に持ち、ベランダに近づきました。
やはり誰もいません。僕の部屋は自宅の二階にあります。
もちろんその気になれば敷地内に忍び込み、ここまで上がってこれるでしょう。
でも、なんとなくイヤで、ガラス窓を開けてまで確認する気にはなれず、
「なんだ、あいつ…」とため息混じりに布団へと座り込みました。
あぐらをかいた僕の膝のあたりに、布団が沈んだことによって何かが転がってきました。
コロ…
それは蝉の死骸でした。

「あれ?」
さっきコンビニの袋に捨て、しっかりと口を結んで処理したはずなのに、
蝉の死骸がまた転がっているのです。
酒も飲んでいなければ、薬とかそういう危ないことにも無縁ですし、
精神的にもいたって健全な生活を送っています。
なんだか気味が悪いことが続いていて、若干気分が悪くなってきた僕は、
先ほどのコンビニの袋の中を確認しようとも思いつかず、
再びティッシュに包んで、本屋でもらった小さな紙袋に入れ、その紙袋もクシャクシャに丸めました。

携帯電話で友人に電話し、今の出来事を聞いてもらうことにします。
「マジで怖かったよ…」
そう話す僕に友人はこう言いました。
「怖い話なんか読んでるから呼び寄せたんじゃないの?」
僕は彼に「変質者に会った」という内容で話しているつもりだったのに、
彼は、僕が「霊に会った」と話しているんだと思っていたのです。
僕ははっとしました。そんなことは思いつきもしなかったからです。
そういえばコピペがおかしかったり、勝手にPCが落ちたり、
変な女がいたり、入ってこれないはずの蝉の死骸が2つも転がっていたり…。

それでも確信が持てる現象が起こってないことから「まさか」と思った僕は、
一階にいる両親に変質者のことだけを熱く訴え、寝ることにしました。
両親は「次見たらすぐに警察に連絡しろ」とだけ助言してくれ、
結局今回は通報しないことになりました。
布団に寝転がり、白いクロスの貼られた天井を見ていると、
ディスプレイに映り込んだベランダの女の姿がボンヤリと網膜に浮かび上がってきます。
変質者だったのか、幽霊だったのか、それとも幻覚か…。

続く