[泥人形]
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後日、死体の身元がわかった。警察によると何年か前に突然行方不明になった
地元の村の高校生で、死因は年数がたちすぎていて不明。ロウソク一本持って
その洞窟に入ったらしい。おそらく探検か、自殺が目的で入ったのではないか
とのこと。死体のあったスペースには、溶け残ったロウソクと、菓子の袋が
発見された。死体は洞窟の空気循環の悪さや、そのスペースが長期にわたり閉空間であった
おかげで腐食が進行せずに元の形を保ったまま、上から染み出て落ちてくる泥水によって
全身が覆われたらしい。
メガネが泥に覆われていない理由はわからなかったようだ。

俺はこの話を聞いて何より恐ろしいと思ったのは、
この死んだ少年の洞窟内で生きていた時間だと思う。
たとえば沖縄のガマなんかの洞窟に入ったことがある人なら、
本当の闇の暗さを知っていると思う。ガマの中で慰霊のため電灯を消して
鎮魂したことがあるが、まぶたが開いているのか閉じているのかもわからない程
暗く、一緒に行った友達は暗さに耐えられず10秒ほどで電灯を点けた。
尋常な人でも10分平衡感覚をを保てればいいほうではないかと思う。
暗闇では幽霊は簡単に見える。

死んだ少年は、暗い洞窟内でマッチが水に濡れロウソクが消えて、おそらく
30分後にはあまりの暗闇に正気を保っていられなかっただろう。
洞窟に入ったことを後悔し、誰にも言わずに洞窟に入ったかどうか何回も頭の中で
考え、救助の可能性も考えたかもしれない。出られることを信じて暗闇の壁を
手探りで辿りあらゆるところを行き来したのかもしれない。
何日間生きただろうか。暗闇で光のあるような幻覚も見えただろうか。
得体の知れない幽霊が一晩中自分のまわりを歩く幻聴が聞こえ、起きているか
寝ているか、わからない。腹が減り、のどが渇く、どこからか声が聞こえる
「死ねぇ、死ねぇ…」とかだろうか
自分と自分じゃない物の境すらはっきりしなかったかもしれない。
発狂し暗闇で何度叫び、何度幻覚に襲われただろうか。壁を掻き毟り、幽霊から逃げるように
狭いスペースまで追い込まれ、恐怖で動けなかったのではないか。
壁を背にして眼鏡越しに見えない入り口を見つめたまま、生きているのか死んでいるのかすら
自覚できないまま死んでいったんだろう。

俺が聞いた死の中で一番怖い死に方だと思う。


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