[キスマークつきの千円札]
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「お金に呪いとか何か込められるのかねぇ?」
ある日、久しぶりに友人に会った時世間話的に尋ねてみた。
キスマークの千円札が出てきた前後に自分や店に不幸があった訳ではないが、
明らかにあの紙幣は意思を持っているように感じたのだ。
そして、アレに意思があるとしたら、それは決して「よいもの」では無いと思うのである。
この友人は高校時代から勉強そっちのけで様々な雑学を憶える事に励み、ちょいオタな仲間達から
「雑学王」「ある意味クレアバイブル(※異界黙示録。ライトノベル『スレイヤーズ』を参照のこと)」
と呼ばれ恐れられたり恐れられなかったりした男である。
「聞いた事無いけど、出来たとしてもしょうがねぇよなぁ」
「しょうがない?」
「人間に食べられる為に殺される動物達の霊はどうなってんだ、って疑問と一緒でな。
在ったとしても、何の手立ても無い訳だしさ」
家畜の霊が恐いから肉食を止める事は出来ないし、呪われたお札があるから
お金を使うのを止める訳にもいかない、と言う事か。
「考えてみると金ってやつは、確かに呪いとかには便利だよな? 赤の他人同士が、
やり取りするのに何の疑問も抱かないのは、これぐらいのモンだし」
「いや、そうでも無いだろ」
友人はちょっと考えてから返答してくる。

「赤の他人同士簡単にやり取りするんだから、呪いたい相手がいつまでその紙幣を持ってるのか
解らないんだぞ? 仮に誰かがお前のコンビニを呪いたいからってそんな事をしたとして。
実際、一日経たずに紙幣は郵便局に送られちゃってるんだしさ」
古戦場から出てきた鎧兜や、廃屋から掘り出した鏡みたいにはいかないか。
確かにそうだよなあ。
「まあ、誰でもいいから呪いたい、って話なら別だけど」
「………」
……今のご時世、そんな奴普通に居そうでヤだなあ。
「あー、まあ、その紙幣に呪いがかけられてるって話自体、飛ばしすぎじゃ無ぇの?
どっかのアホなホステスか何かが、酔っ払ったあげくにアホな事をしただけ、って可能性が
一番高いって言うか、多分そうだろ」
でも、では何故あの紙幣はウチの店に何度も何度も、やって来るのか。
「紙幣ナンバー、憶えてるのか?」
「は?」
「同じ紙幣なのかな、それは」
思いもよらなかった事を言う。
確かにナンバーは控えていない。て言うか誰も控えないだろいちいち。
「郵便局だって、一回位はそんな汚れた紙幣をお客さんに間違って出しちゃうかもしれない。
でも、それが二度三度続いて、しかもそれが回りまわって同じ店にやってくるってのは
確率的にちょっとおかしいだろ」

「うーむ」
「それよりは、お前の町のどこかで誰かが、そういうキスマーク紙幣を
『量産』して流通にばら撒いている、と。その内の何枚かが、お前の店に何枚か流れてきたと。
そう考える方が、確率的にはおかしくないんじゃね?」
「うーむ」
確かに、確率的にはそちらの方がおかしくないだろうさ。
でも、お話としてはどうだろう?
女が一人、自分の部屋で口紅を塗っては千円札に鮮やかなキスマークを付ける。
財布の中に入っている限りの千円札に口付けをしていく。そんな光景。
どんな理由があろうとも、それは想像するだにおっかない情景では無かろうか。
「そのキスマークにどんな意味があるのか知れないけど、仮に呪いを込めてるとして」
友人が最後にこう締めくくった。
「そいつはお前や店を呪ってるんじゃ無い。しばらくは『それ』が流通するであろう、
お前の町全体を呪ってるんだと思うよ」

ともあれ、僕が体験した一番不気味な出来事は、僕自身には一切害のないまま幕を閉じた訳で。
キスマーク付きの千円札は、それ以来見かけない。


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