[施餓鬼]
前頁

数分後、外で友人のバイクの爆音が聞こえる。
それまでは水を飲んで仰向けになって凌いでいた。
ドアは―― は3日前から開けっ放しだった。
台所まで入ってきた友人は私を一瞥して噴き出した。『ブッ』って
二言目には『うわぁ 初めて見た』と嬉しげに言い放った。

彼女曰く『餓鬼の類』だという。私の身体にまとわり憑いて腹部をガジガジ齧ってたそうだ。
電話の向こうで私の声じゃない「ひもじい ひもじい」って声が聞こえて、
ヤバいなと思ってあわてて来たらしい。

すぐに友人は誰かに電話をし始めた。 『あ、もしもし―― 木村の婆っちゃー?』
『んー 元気。あー この間はありがと――』
死にかけの人間放置して世間話か?
『んー でね、たぶん スイゴやと思う。あ、ウチやなくて友達。』
『いや、わからん、後で聞く――』『――あ、炭?分かった ありがとうー』
電話を切った友人はガスコンロに向かって何かし始めた。
料理でも作ってくれるのだろうか、凄くコゲ臭い。
『コレでいいかな』
友人がグラスに注いで持ってきたのは 
  
    煮え湯だった。

しかも何か灰色い粉末がプカプカ浮いている。
コレを『目ぇ閉じて鼻摘んで飲み干せ』と言う。
一口飲むと熱さで舌が焼かれる、炭の苦さと塩辛さが口内に広がる。
「何コレ?」『塩水。』「は?」
『良いけぇ飲みぃ。ヘソから出るけん』
こんなモン飲んでたまるかと抵抗したが、鼻を摘まれ大口開けさせられ流し込まれた。

暫くして身体から倦怠感が抜け楽になる。友人が『立てる?』と聞いてきた。
どうやらもう大丈夫のようだ。立つと同時に
「ぐ〜〜〜」 と盛大に腹の音が鳴る。 友人は苦笑しながら
『何か作るわ』と米びつの底に僅かに残った米でお粥を作ってくれたが、
結局 なんにも味はしなかった。煮え湯で舌が焼けていたから。

大事を取って病院に行ったところ、栄養失調との事だった。あれだけ食ったのにだ
点滴受けながら
友人に聞かれた『何か思い当たるフシない?』 「〜〜〜で花見した。」『3月に?』
『○○寺の下やろ、あそこは7月に施餓鬼する所や』
(「施餓鬼」= 地獄の餓鬼の為に施しをしてやる鎮魂際みたいなモノ)
『飲み食いした?』「たらふく食って裸で寝た。」 『バカか』
『知らん?【施餓鬼の前にお祭りすっと餓鬼が憑く】って』「知らん、初めて聞いた。」
『あー、 ウチの地元だけなんかな? 
  まぁ、お前を供物だと思ったんだろうサね。腹に食い物の詰まった』

...。

「ねぇ、さっき俺に何飲ましたん?」
『塩水に注連縄(しめなわ)焼いた灰ぶち込んだモノ』
何だそりゃ。
『ウチの地元では割とポピュラーなんだけど..』「知らん、初めて飲んだ。」
まぁいいや.. 
私が「今度ばかりは本当に死を覚悟したよ」と言うと
友人はうなずいて『とっておきの良い名言がある』と言った。

『【死を恐れるな 死はいつもそばに居る 
  恐れを見せた時 それは光よりも速く飛びかかって来るだろう
  恐れなければ、それはただ 優しく見守っているだけだ】って。』

「..それ、聞いたことあるぞ。アニメのセリフじゃねぇか」


次の話

Part131menu
top