[写真]
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その時、師匠が
「待った」と言って俺を制し、窓の方へ近づいていった。
「夜になった」
また難しい顔をして言う。
なにを言い出したのかとドキドキして、写真を伏せた。
師匠が窓のカーテンをずらすと、外は日が完全に暮れていた。
確か来たのは5時くらいだから、そろそろ暗くなって来てもお
かしくないよなあ。
と思いながら、腕時計を見る。
短針は9を指していた。
え?! そんなに経ってんの?
と驚いていると、師匠が唇を噛んで「まずいなぁ。実にまずい」と呟き、
「何時くらいだと思ってた?」
と聞いてくる。
「6時半くらいかな、と」
確かに時間が過ぎるのが早すぎる気もするが、それだけ写真を
見るのに集中していただけとも思える。
「僕は正午だ」

それはありえないだろ!
しかし師匠の目は笑っていない。
何かに体内時計を狂わされたとでも言うのだろうか。
師匠は、「今日はここまでにしようか」と言って肩を竦めた。
俺もなんだかよくわからないけれど、自分の家に帰りたかっ
た。
部屋中に散らばった写真を片付けようとして、さっき伏せた
2枚の写真の前で手が止まる。
「同じものが写っている」と言った師匠の言葉も気になるが、
「見ないほうがいい」という第6感が働く。
その時、師匠が妙に嬉しそうな顔をして床の上を見回した。
「人間には無意識下の自己防衛本能ってヤツがあるんだなあ、
と実感するよ」
なにを言い出したんだろう。
「動物園ってなにするところ?」
話が飛びすぎで意味がわからない。
「動物を見に行くところだと思いますけど」
「たしかに、僕らはお金を払って動物園に行き、それぞれの
檻の前に立って中の動物を見て歩く。しかし動物からすると
どうだ。檻の中にいるだけで、色とりどりの服を着たサルた
ちが、頼みもしないのに次々と姿を見せに来る」

動物を心霊写真に置き換えればいいのだろうか。
なんとなく言いたいことが分かってきた。
床を見ながら師匠は独り言のように呟いた。
「闇を覗く者は、等しく闇に覗かれることを畏れなくてはな
らない」
「ニーチェですか?」
「いや、僕だ」
師匠はどこまで本気かわからない顔で、床に散らばった写真を
指差した。
「どうして伏せたんだ」
それを聞いたとき、心臓がドクンと鳴った。
さっきの2枚だけではない。無数の写真の中で、何枚かの写真
が伏せられている。
全く意識はしてなかった。全く意識はしてなかったのだ。
写真はすべて表向いていたはずなのに。
僕が伏せたんだろうか。
寒気がして全身が震えた。
「怪物を倒そうとするものは、自らが怪物になることを畏れな
くてはならない」
やっぱりニーチェじゃないですか。
俺はそう言う気力もなく、怪物を倒すどころか写真をめくる
勇気もなかった。


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