[家出]
前頁

それからしばらく眠っていたと思うが、再び目を覚ましたのは午前の二時だった。
俺は最初、自分の状況が分からなくて、上半身だけ起こすとぼんやりしていたが、不意に誰かの靴音が聞こえてビクリとした。
靴音は、運動靴ではなく草履のような「じゃ、じゃ、じゃ」といった物で、やはり子供のような身軽さに思えた。
音は先刻と同じ場所、社の正面。鳥居のあった場所辺りから鳴っている。
俺は寒さに鳴りやまない歯もそのままに、再び引き戸を開けて外の様子を覗き込む。
しかし、やはり霧が出ていて視界は真っ白。
我ながらヘタレだと思いつつ。俺は何も聞かなかったことにして引き戸を閉めようとする。
だが閉めようとしたほんの僅かな隙間は、力を入れても動かなかった。
なんで?と混乱する俺。
色々と嫌な想像をしてしまって白い隙間の奥から目が離せない。
三分か、五分か、金縛りに遭っているわけでもないのに恐怖で身動きできないでいると、不意に戸の隙間に広がる景色に変化があった。
白い部分に誰かの影が差したのだ。そいつはぜぇぜぇと苦しそうな息をしていて、なのに目とか口とかは影になっていてよく見えない。
ふ、ふ、ふ、ふ。
女の笑い声?もしくは呻き声が聞こえた。
寒さのせいか全身に鳥肌が立った。背中に粘っこい汗が流れるのを感じた。
俺は手だけを動かして床を探り、置いていたナイフに指が触れた瞬間に掴みあげた。
「俺に何かしたら殺す、お前が幽霊でも殺す、死ぬまで殺す、だから入ってくるな!」
と、叫んだつもりだったが、心底ビビッていた俺の口から出たのはもごもごした呟きだけだった。
だが向こうは察してくれたらしく、影は気配と共に消え失せた。
大人しく帰ってくれたらしい。俺は今度こそ戸を閉めて、眠った。

それから安堵も手伝って午前十時頃まで眠っていた。
目が覚めてから、俺はとりあえず引き戸を少し開けて、外に何か居ないことを確認すると早々荷物をまとめて表に出た。
怖くなったので家に帰ろうと思ったのだ。
(この時は自分をヘタレだと思ったが、今は後悔していない)
道路を延々歩き回って、発見したコンビニでおにぎりを二つ買って食べて、民家の水道を勝手に飲んで(あのときのおばあちゃん、饅頭ありがとう。あの味は今でも覚えてます)
そして駅に到着した俺。

しかし、ここで問題があった。
当初『持ち金で行けるところまで』と来ているので、帰りの電車賃が無いのだ。
俺の家は大阪府。ここは静岡県。どうしようかと悩んだ挙げ句、一つのアイデアを思いつく。
無賃乗車、つまりキセルするのだ。幸い、当時の俺は切れかけの定期券を持っていて、地元まで戻って来れば改札は抜けられる。
しかし急行などでは乗務員による切符の確認があるはずなので、あくまでもローカル線で行かなければならない。
だから怪しまれないようにと二百円くらいの切符を買って電車に乗ると、心臓バクンバクン言わせながら大阪へとむかったのだ。
ナイフはギリギリ銃刀法違反に引っ掛かるくらいの長さ?(刃渡り24p)だったし、そのうえ無賃乗車ともなれば、見つかったらただでは済まないだろう。
俺は社での一夜よりも、むしろ車内で過ごす時間に恐怖を覚えていた。


次の話

Part130menu
top