[家出]

俺は今まで悔いを残さない生き方をしてきた。
つまり、とりあえずやりたいことは全部やろうって事だ。
自衛隊にも行ったし、強盗もしたし、ごついナイフを懐に仕舞い込み夜の工業地帯を徘徊したこともあった。
まぁ、今になって思えばどこか病んでいたのかも知れないが…。
これから書くことは、まぁ、そんな中で体験した一つ。
怖いかどうかは、そっちで判断してくれ。

もう何年前になるだろう?
俺は過去に一度だけ家出をしたことがある。虐めとか色々あって生きているのも嫌になっていて。
だけど死ぬのは怖いから、とりあえず見知らぬ場所にでも行ってみようと思ったんだ。
行き先は、どこでも良かった。ただ地元から少しでも離れたいから所持金で行ける限界をと考えたら、静岡県の富士樹海に向かってしまっていた。
行きは何も問題がなかった。
ローカル電車の車窓では街と緑の風景が代わる代わる流れていて、裸の大将を彷彿させるような、そんな雰囲気に身を任せていれば鼻歌の一つも飛び出すといった具合で、ともかく安らいでいた。
電車を降りて、まず向かった先は霊山なんて看板の掲げられた場所だった。
木々の鬱蒼と生い茂る小高い山。日の沈む前に到着した俺はここで野宿しようと思ったが、結果として出来なかった。
枯れ草を拾い集めて火を起こす度に雨が降ってきて、瞬く間に焚き火は消されてしまうのだ。
火を起こしては雨に消されるといった循環を三回ほど繰り返して、ようやく「ここには神様か何かいるんだろうな」と思い至った俺は場所を変えることにした。
それから数十分。
天気は曇っていたが、まだ辺りは明るい。
明るいうちなら獰猛な野犬の群れに襲われることもないだろうと樹海に入ることにした。
途中で近所の小学生から「死ぬなよ〜」と叫ばれたり、赤い数字の記された石とそこへ供えられた花を発見したりもしたが、気にせず直進。
さらに数十分後には日中でも薄暗くジメジメした森の中にいた。
森は暗かった。いや、本当に同じ日の光が差し込んではいても、森の外とでは明るさが違うのだ。
それで雰囲気だけで怖くなってきた俺は逃げるように来た道を引き返し、森の外に出たはず……。
しかし帰り道が違っていたらしい。
来た道を引き返したはずなのに、見覚えのない道路に俺は出ていたのだ。
その道路の先には小さな石造りの鳥居があって、奥には古ぼけた社があった。
障子張りの木製引き戸を開けて中を覗けば、埃の積もった床板と、意外としっかりした壁(土壁だが穴とかは無かった)が見えて、奥には何かを祀ったような祭壇が蜘蛛の巣まみれになっていた。
その頃の時間は、確か午後の六時過ぎ。
俺は屋根と壁のある場所なら夜になって野犬に襲われることはないだろうと、怖くとも中で一夜を過ごすことにしたのである。

季節柄そうなのか、樹海周辺がそうなのか、辺りが暗くなるのはあっという間だった。
荷物の中に懐中電灯は入っていなかった。ただ自衛のため(もしくは自殺するため)に持ってきた特大ナイフを握りしめて、予想もしていなかった寒さの中、毛布にくるまっていた。
それから旅の疲れで眠ってしまったらしく、目を覚ましたのは夜の十時を過ぎた頃。
なぜ起きたのかといえば社の外で何か物音がしたからだ。
こんな時間に何だろう?不審に思って耳を澄ませると、トン、トン、トンと、まるで手鞠でもついてるような規則的で軽快な音が響いている。
辺りに民家はなく、なので当然周囲に明かりはない。
こんな夜遅くに、こんなへんぴなところで遊んでる子供なんているのか?とか考えつつ、引き戸をほんの少し開けて外の様子を窺う。
戸の隙間から見えたのは一面が真っ白な景色だった。
深い霧が出ているんだ。俺はそう思って、つまり物音は幻聴かそうでなければヤバい物だと判断して引き戸を閉めると、再び毛布にくるまって、寒さに歯をガチガチいわせつつ目を閉じた。

続く