[中の人]
前頁

動けない。息が苦しい。
ビデオを見つめていると閉じた投入口の蓋がカタカタ動いている。
弾かれたように逃げようとしたが、足に力が入らない。腰が抜けかけている。
横を振り返ると投入口から指が生えるように出て来ていた。
無我夢中に這うようにして外に出て、そのままの格好で逃げ出した。
そのまま近くの友人宅に転がり込み、事情を説明して泊めて貰った。
半信半疑ながらも、とりあえず泊めてくれたT氏にこんなに感謝したことは無い。
普段は話しかけるのも億劫になる嫌な奴なのだ。

その日の朝、そのデッキを見て見たいというTを連れて自宅に帰る。
ついてきてくれたT氏に再び感謝した。
家は飛び出してきた状態のままドアに鍵もかかっていないし、電気もつけっぱなしで中を照らしている。
恐る恐る中に入ってみたが、特に異常もなく何も感じない。
「お前の言っていたデッキってのはこれか?」
T氏がデッキの前に屈みこんでいる。
中を覗き込もうとしているようだ。
やめろって。本当にやばいんだって。
言い終わる前に開けていた。

「なんもみえないよ。」
Tが指を離してこっちをみた。
「お前普段からおかしなことばっか言ってるけど、本当に狂ったんじゃねーの?」
まず嫌味を言うのが、Tの悪いくせだ。
何か言い返そうとしたそのとき微かに
「・・ル ・・・キュル」
ビデオデッキから音がした。

Tの顔色が変わる。なんだかんだいってもやはり怖いのだ。
「悪いんだけど、捨てるの手伝ってくれないか?早く捨てたいんだ。」Tに問いかける。
「・・・分かったよ」Tは頷いた。
流石にそのまま持ち運ぶのは気持ち悪かったので、
投入口にテープを突っ込み、ガムテープで投入口を塞ぐようにグルグルと巻いた。
そこで気づく。ゴミ捨て場にあった当初も、今と同じ状態だったな。
あぁそうか。前の持ち主も同じ目にあったんだ・・・。

この日は粗大ゴミを出して良い日ではなかったが、そんなことは知ったこっちゃない。
家から離れたゴミ捨て場に放置してきた。帰る途中Tがポツリポツリと言葉を発している
「あのビデオデッキ、異常に重かったな。」 ああ。
「20キロぐらいあったんじゃね?」 そのくらいあったかもしれない。
「TVより重いデッキなんか聞いたことねーよ。」 そうだな。
「しかも運び出すは普通だったのに、さっき降ろすとき氷みたいに冷たかったよな?」・・・あぁ。
そうなのだ。さっきゴミ捨て場について、降ろそうと手をかけたときに気がついていた。
怖かったので言わなかっただけだ。外の気温は25度。運ぶ間に熱くなっても、冷たくなるなんてことはないはずなのだ。
言えない嫌な気分だった。答えないで居るとT氏は喋るのをやめた。
無言のままTを家まで送り、お礼を言って別れる。

夕方、ビデオデッキが気になり放置してきたゴミ捨て場に行って見た。
そこにはもうデッキはなかった。
回収日ではないし、そもそも放置してきたものなので業者が持っていったはずはない。
また誰かが拾って行ったのかもしれない。そうだとしたらご愁傷様。
何も無いことを祈るしかない。

物には思いが宿るとは良く言ったものだが、
あんなものにも宿るものなのだろうか。
どちらにせよ、捨ててある物をおいそれと
拾うものじゃないようだ。
それ以来、粗大ゴミを拾うことはやめた。


次の話

Part129menu
top