[山奥の恐怖]
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A「なぁ、木の下にだれかしゃがんでない?」
確かになにかがいます。ぼさぼさの白髪頭のおばあさんでした。
ありえません…こんな山奥にこんな時間に……
と思ったのも束の間、見てはいけないものを見てしまったのです‥‥。
私たちに気づいたおばあさんのようなものは
急に立ち上がると人間の動きとは思えないような動きでスルスルと樫の木
を上って行きました。
「やばい……人間じゃない………」
なんとそれは熊でした。
くまの攻撃を受けたAはわき腹をえぐられながらも持っていたナタで熊の目を
つぶしてやったのでした。
思わぬ反撃を食らった熊は逃げ帰っていきました。
とても源流釣行どころではなくなった私たちは
道具もそのままにAに肩を貸しつつ沢を降りる事になりました。
しかし出血の激しいAはとても滝をロープで降りれる状態ではなく、
Sが一人で沢を下りレスキュー隊を呼んでくることになりました。
Aの付き添いで残る事になった私はAを気遣いつつ滝から広がる景色を見ていると
Sのヘッドライトが動いていくのが見えます。負傷したAの為か、
ものすごい速さで移動するライトの光を眺めつつ
「全速力で走ってるのか、ありがとう…S……」と思うのでした。
しかしこのとき気づくべきでした。ヘッドライトの光の不規則な動きと、
なによりも、決して人間が足場の悪い渓谷で動ける速さではなかった事を……。

翌朝になってもSはもどらず、
県外から来たという中年の釣り師一行の持つ衛星携帯電話で
助けを呼んでもらった私たちは
次の日の朝刊で、熊の餌食になり相当な距離を引きずられてぼろぼろになったSの死亡記事を目にするのでした。


次の話

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