[山奥の恐怖]

二年前に友達のAと趣味の渓流釣りで源流を目指してキャンプ道具を背負いながら
泊りがけで釣りに行った時の話しです。
その日は快晴でとても晴れ晴れしく、このあと起こる
背筋も凍るようなあのおぞましい出来事を予見させるべくもなく
私たちは意気揚々と渓谷へと足を踏み出したのでした……。
渓谷へ足を踏み入れたのも束の間、私たちは命綱であるライターの予備をコンビニで購入すべく
下界へと立ち戻ったのでした。今となっては第一の悲劇ともいえるべき出来事が渓流の近くにある
何の変哲もないコンビニエンスストアで起きたのでした。
立ち読みをしている友人Aを尻目に百円ライターを物色していると、
渓流釣りの重装備画目に付いたのか、八十にもなろうかというご老人が
声をかけてきました。「釣りに行くのかぇ?」
「そうなんすよ」と答えるとご老人はしわのような糸目をカッと見開き、
「塩もってるか?」と言うのでした。はぁ?と思いつつも調理用の予備として
もっててもいいかなぁとそのご老人の言うとおりに博多の塩のビンタイプを
購入したのでした。
買い物も済ませ、いざ渓谷へ再び足を踏み入れ空を眺めると、地平線の切れ目に
あやしげな雲行きを確認しつつも私たちははやる気分を押し殺すように源流へ向かって
歩き出すのでした。今思えばこのときひきかえしていればあの思い出すのもはばかれる
あまりにも恐ろしい惨劇の主人公を演じる事はなかったのに…と友人の位牌の前でいまでも
そう思うのでした。

禁漁からあけたばかりの渓谷は人の気配など皆無で、
竿を入れると必ずといっていいほど連れる良型の岩魚に気分をよくしながら友人のAとかわるがわる竿を
入れつつ釣りあがって行くと、自分たちより先に渓谷に入ったとおぼしき人が釣りをしています。
話しかけると、その人も一人で源流を目指し、一泊の予定で源流釣行に来たということです。
その人はsといい、大学でロッククライミング部に所属してバリバリナラしたそうで、
見るからに筋肉質ですごいガタイをしているのがフィッシングウェザーの上からでもわかるほどでした。
年を聞くと自分たちと同い年とわかり意気投合した私とA、知り合ったSの3人は今日からの一泊二日を
共にする事になったのでした。

その日はほんとに爆釣で、大きめにビクにも入りきれないほどの岩魚と、
蕨やふきのとうなどの山の幸を収穫しつつ順調につりあがった私たちは、
一つ目の魚止めの滝に遭遇しました。本来はここでキャンプを張って一泊する予定だったのですが
Sというロッククライミングの達人と知り合ってしまったがため、私がAに
Sもいることだしもっと上に行こうと提案しましたが、Aの顔が急に曇り始めました。
詳しく問いただすと、コンビニで遭遇した爺さんいわく、この先は「ヤバイ」とのことでした。
しかしSのサポートもあってかこの岩壁を先導したSの足らすロープを使い
私たちはさらに奥地へと進むことになったのでした。
魚止めと人止めを兼ねた滝を登りきった私たちはまさに秘境とも言うべき未開に近い渓谷を
意気揚々と釣りあがりました。しばらくすると日が暮れ始め、ちょっと開けた場所に出た私たちは
そこでキャンプを開くことにしました。沢山釣りすぎた岩魚をさしみや塩焼き、岩魚の骨酒などにしたり
山菜と、持参した米で作った炊き込みご飯で舌鼓を打った私たちは一休みすると
せっかくだから夜釣りに出ようという事になりヘッドライトを使いつつ夜釣りに出る事になりました。
今思えばおとなしく寝ていればあのような悲劇には会わなかったと後悔の念に駆られるのでした。

続く