[拷問部屋]

「お前は、そういう体験が怖くないのか?」と聞いたら高倉君は意外にも「怖い」と答えた。
高倉君はいわゆる霊能のある人間で、代々神職を務めているのだそうだ。
「少なくとも、此方4代は神職だったらしいな」
等と言っていたが、実際は良くわからないらしい。
何となれば「そもそも神社がない。鳥居も見た事ないし、何を祭ってるのかわからん」のだそうだ。
「なんだそれ?」
「うん、多分、地元の産土神を代々守っているだけでなんだろう、形式が簡略化されて云々……」
と説明されたがよくわからなかった。産土神とは土地神の事なのだとか。
「で、どういうのが特に怖いんだ?」
「特にって言うと……イタリアでひどい目を見た事があるけど、あれが一番だったな」
高倉君は皮肉げに口元を釣り上げる。
「あの時は、ローマからバチカン、フィレンツェなんか行って来たんだが、冗談にもならない目にあったね。
ローマから電車で幾らか行った所に、大きくはないが僧院を改築して宿にした所があるんだ。
元僧院とは言ってもかなり綺麗にはしてあるしまぁ、申し分はないのだが、修道士の部屋と言うのは伝統的に採光用の窓が一つあるきりで非常に暗く、四方は石壁だから、なんとも陰気だった。
僕は、そこで一晩過ごす事になったのだが、まぁ、察してくれ、彼の国の農村を。香気、薫風、太陽の輝き、離れ難いではないか。それで、結局もう一晩泊まる事にしたんだよ。
だが、宿に戻ったらもう人がいっぱいだと言う。そこを何とかと捩じ込んだら、じゃあ、普段使わない部屋なら良かろうと言う事になった。いわゆる物置きで、僧院であった時も物置きだったのだとか。
部屋に連れられると、どうも黒い臭いがした。別に文学的表現のつもりじゃあない。あの煤だとか埃だとか、諸々の塵芥が燻っている様な、据えた胸が重くなる様な臭いだったんだ。
何か厭な予感はしたが、横車を押した感もあるし、やっぱり辞めます等とは言えない。僕は渋々その部屋に入った。

どうせ、日が落ち、昇るまでの間だ。我慢すれば良かろう……そう思っていたが、どうも重っ苦しい気分で寝つけない。
僕は寝酒をもらいに行こうと思って身体を起した。
……と、壁に何かがいた。
赤白だんだらの、家守のような者がへばりついている。尻尾をゆらゆらと揺らせている。なんだ、可愛い奴め、などと思って眺めていと、ぽっ、ともう一匹現れた。
壁に穴でも開いているのか、何もない所からにょっきりと姿を見せた。
はてさて?と思っていると、又一匹又一匹という塩梅で、あれよと言う間に十近くになった。
これは流石に気持ちが悪いので追っ払おうと思って立ち上がるとズン、と胸が重くなる。肩も重い。重油を浴びせられた様にドロッとして噎せ返る重さだった。
不味いな、と思ったが身体は制御が効かず、ふらり、と件の壁の方へ流れていく。
赤白い群れがちろちろと動く。その数、既に三十にもなんなんとしていた。
僕は壁の前で膝を崩した。立っていられなかったのだ。
目の前にある、それは舌だった。乾いて萎んだ舌が壁中から生えていたのだ。
流石にこれには胆を冷やしたし、今でも何故気付かなかったのか不思議でならない。
そうこうしているうちに舌の群れは何かを求める様にちろちろと動き、次いで、壁には歯が生えだした。
それから唇や青白い顔がめりめりと生えてきた。いずれも少年達だった。
彼等の顔が出て来てから耳内でわんわんと反響する音が聞こえた。ハウリングの様なキーンと高い音だが、それはキリエ・エレイソンの合唱、少年達の歌声だった。

続く