[俺が入れたもの]


数日前に、居間でテレビを見てたら玄関チャイムを激しく連打されました。
けたたましい呼び出し音に俺はちょっとキレぎみに玄関に向かったんですが、
我が家の玄関の扉はすりガラスになっていて、外に立っている人の背恰好くらいは判るもんだけど
いつもはモザイク調に見える来訪者のシルエットがその時はなかったんですね。
あれ?確かに鳴ったよな。とかって鍵を外して玄関の戸を開けたのにそこにはなんにもいない。
庭にも庭から伸びる細い道路にも、それどころかその一つ向こうの国道にさえも人っ子一人居ないんですね。
子供のいたずらかな?と俺は大して気にも留めずに居間に戻る事にしました。テレビの続きが気になったんです。
そしたらさっきまで熱心に洗濯物を畳んでいた母が居間の入り口に仁王立ちして何故か俺を睨んでるじゃないですか。
俺があまりの形相にビビりつつも何事かと聞くと、母は意味不明な事を言い出したんですね。
「あんたさっき開けちゃったでしょう?玄関。」
「開けたけど?」
当然のように俺が答えると、母は呆れた顔になり、そっぽを向いてしまいました。
訳の分からん女だと思いつつもコタツに潜った俺の意識は気になっていたテレビの続きに集中して行きました。
それから30分くらい経ったでしょうか。テレビは終り、母は台所で夕食を作っていました。
後ろから日本食の良い匂いがしてきます。今日の夕食は親子丼だろうと勝手に予想をつけ、
喉の渇いた俺は台所の偵察がてらに冷蔵庫から緑茶のペットボトルを取り出してキャップを捻ります。
いざ飲まんとした時、母が後ろの方で何か言いました。
水音に掻き消されて最後は良く聞こえなかったけど、多分「あんたが開けちゃったから入ってk@hwm;p」
とか言う俺の行動に対する不満の愚痴だったようです。
その日の夕食は俺の予想通り親子丼で、俺は何事もなく無事に夕食を済ませ就寝しました。

次の日の朝、いつもは爽やかに訪れるはずの目覚めが何故か一向にやってきません。
むしろ身動きがとれないほどに息苦しいくらいでした。もしやこれが金縛りという奴か!と
臆病な俺は一瞬でガクブルし、それでも正体を見極めるべく薄く瞼を開けました。弟でした。
隣の布団で寝ている筈の弟が最高に不機嫌な顔で俺の腹部を脚で圧迫しています。
通りで苦しい筈です。俺は怒りも露に飛び起きて、不機嫌な弟にこの狂行の理由を問い質しました。
すると弟は訳の分からない言い訳を始めました。
「お前の所為で俺は一睡も出来なかった。謝るならお前さんの方だ。」
(゚д゚)となった寝起きの俺に、弟はさらに
「お前が入れたのに何で俺の所に来るのか全く訳が分からない。」と電波な発言をかましました。
俺としましては何も連れて来たつもりは無いしなんでそんな物でお前が睡眠不足になるんだと
釈然としません。しかし寝起きだったからか俺は「何それ、どっから来たの?」
と知性の欠片も無い反応を返してしまいました。弟はそんな俺に呆れ果てた様子で頭を振り、
そこから、と俺の布団の丁度頭の左にある入り口のドアを指差しました。
そこでまた俺は(゚д゚)です。そして全く状況の飲み込めない俺を差し置いて、
弟は朝食を食べるべくさっさと台所に下りて行ってしまいました。
俺も何時までも部屋で一人上記のような顔をしている訳にも行かないので、とりあえず弟の後を追います。
居間に行くと、弟はカップラーメンを貪りながら疲れた顔をして母と話をしていました。
母は俺の存在に気付くとまたあの呆れた顔をし、「ほらみなさい。あんたが開けたから入って来ちゃってた」
「まだ居たらどうするの。●●(弟名)も困るし母さんも困るんだよ。」と一気に捲し立てました。
母の話によるとどうやら俺はあの時何かを家の中に入れてしまったようです。
そして弟が言うにはそれは夜、部屋に入ってきて夜中じゅう弟の横に居たらしいのです。
ぞっとしました。おばけとかオカルトな方面にじゃありません。家族にです。
俺の目にはおばけなんかは見えません。見えたのは居ないものを居ると言い、それに魘されキレる壊れた家族でした。

続く