[第三の男と地蔵]
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何気なく、Y君は窓の外を見た。そこは林が切り崩された斜面になっていて、どういう
わけか、たくさんの石の地蔵が並んでいた。小さいけれども数は100や200ではない、
車のライトの光に浮かび上がったそれは、とにかくえんえんと続いているのである。
しかも、光のかげんだろうか、その地蔵たちはひどく異様な格好をしていた。

「それが・・・一つもまともな物がないんです。どういうことかと言うと・・・」

 頭部が半分欠けているもの― 
 口のあたりに大きな亀裂があり、ゲラゲラと笑っているように見えるもの―
 斧を打ち込まれたみたいに、顔が真っ二つに割れているもの―
 目のところだけえぐられているもの―

ほんの一瞬だけ照らされるだけなのに、不思議にY君の目には地蔵たちが一つ残らず
無残な姿をしているのが見て取れるのだった。隣を向くと看護婦さんも、どうやら外の
光景に気が付いていたらしい。気分が悪そうな表情をしている。Y君も嫌な気分がした。

「なんであんないやらしい地蔵を置いておくんだろうか・・・それもあんなに」

窓の外はいつのまにか暗い林に戻っていた。人家もないようだ。明かりが見あたらない。
近くに大きな新興住宅地があるはずなのだが― そのときだった。

「このあたりはね、出るそうですよ。」

めずらしく、運転手の男が自分から口を聞き、ポツリと言った。

「・・・?出るって・・・何が?」
「出るんだそうです。」
「だから・・・何が?」
「・・・・・・・」

Y君が尋ねても、運転手は何も言わない。黙って前を向いて運転しているだけだ。
なんだかそのシルエットになった後姿も、さっきの地蔵そっくりに見えて気味が悪かった。

(くそ・・・なんなんだこいつ・・・) Y君がそう思っていた時、隣の看護婦さんが言った。

「あのお・・・あのガソリンスタンド、さっきも通りませんでしたか?」
「えっ?」
彼女はいったい何を尋ねているのだろう?

「ほら、今度は自動販売機。これって、さっきも通り過ぎましたよね?」
たしかに、車の後ろに自動販売機らしい明かりが飛んでいく。つまり看護婦さんは、
この車がさっきからずっと同じ所を走っているのではないか・・・と言いたいらしいのだ。

「そんなことはないですよ。」

答えたのはY君ではなく、運転手の男だった。

「気のせいですよ。この道路は一本道ですからね。曲がってもいないのに同じところは
走れませんよ。郊外の道なんてみんな似ていますからね。単調ですし。気のせいですよ。」

運転手は初めてと言っていいくらいペラペラと話した。そして、ヒヒヒ、と低く笑った。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

その笑い声を聞くと、Y君も看護婦さんも何も言えなくなってしまった。

「何か、かけましょうか。」

運転手の男は手を伸ばしてなにやらゴソゴソやると、テープを取り出した。そして、
それをカーステレオに押し込んだ。・・・ところが、音楽は流れてこないのである。
2、3分たっても何も。圧迫感のようなものに耐えかねて、Y君はカサカサに乾き
はじめた唇をまた開いた。

「何も、聞こえないんだけど。」

続く