[曰くありの井戸]
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江戸時代の終わり頃にお光という女性がS家に嫁いで来た。
お光の家は大変貧しく、お光は金で売られて来た。この結婚は政略結婚だった。
けれどもお光は精一杯主人を愛し、また主人もお光を愛した。
だがそれも長くは続かず、主人は使用人の娘…お妙と関係を持ってしまう。
あろう事かお妙は身ごもり、月満ちて男児を生んだ。
子供がいなかったお光はお妙に辛くあたられるようになった。
お妙も主人を唆し、石女(うまづめ)に用はありませぬ、と離縁させてしまった
そしてお光の後釜にはお妙が後妻として入り、その子はS家の跡取りとして育てられた。
お妙にとって邪魔なお光は不義の疑いをかけられ主人に手打ちにされた。
そしてお光の亡骸はS家の墓に入れる事はせず、私が見た裏庭の井戸に投げ込んだと言うのです。

この手の話のお決まりというかなんというか
それ以来井戸のあたりにお光の亡霊が出るようになったと叔母は話しました。

「でもなんでそれをTに話しちゃいけないの?」

と私が聞くと

「お光の亡霊は男の魂を喰っている。だから男衆はあの井戸の存在すら知らないんだよ。
 もしあの井戸に近づいてお光の亡霊を見てしまったら最期、喰われてしまうからね」

とお茶をすすりながら叔母は言いました。

自分を殺しS家の跡取りとなったその息子を探しているんだよ、とも。

なんでお妙じゃないのかと聞けば、お妙はその後変死したとか。
お光の呪いじゃ、なんて騒がれた、とも聞きました。


なんか胡散臭いというのが正直な感想ですが
その翌年に実話だったんだ、と思わせた事件がありました。

私の大叔父にあたる人(祖父の弟)が、井戸の傍で変死していたというのです。
目立った外傷もなく、50後半でまっさらの健康体。

葬式の時に本家に行き、あんな元気な人がなぁと皆が言う中で
お光の話をしてくれた叔母と話をしたのですが


「あの人はお光に魂を喰われてしまったんだよ」


とどこか遠くを見ながら言った叔母が怖かったのを記憶しています。
それ以来、女である私も怖くて本家の井戸には近づけません。


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