[女並通り]
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従姉妹を呼び止め、先ほど聞いたものついて話した。
ねえ、変な音がしたよ、誰もいないのに話し声がしたんだ、
俺がそう言うと、従姉妹は少しの間耳を澄ませてから言った。
「この川、昔はもう少し大きかったの、知ってる?」
また姿のない笑い声が聞こえた。
「商店街ができる前はね、民家がずうっと立ち並んでいて、川はここに住む人たちの生活を支えていたの」
たくさんの瀬戸物が触れ合う音や、濡れた布を叩くような音もする。
「その頃は炊事や洗濯はすべて川に頼りっきりで。同時に主婦たちのお喋りの場にもなっていてね、だからこの通りは今でも女並通りなんて呼ばれているんだよ」
従姉妹は言い終わると歩き出した。離れないよう慌てて従姉妹の隣りに並びながら俺は聞いた。これはそのときの音? どうして今聞こえるの?
従姉妹は屈んで俺の顔を覗き込んだ。
「今はもう誰も使わなくなったのだけど、川は忘れたくないのね。自分を昔頼っていた人たちのことや、その思い出なんかを」
そう言って俺から視線を外し、川を振り返って眺めた。俺もつられて振り返った。
そのとき、川岸で食器を洗い、洗濯をしながら世間話に興じる人たちの姿を確かに見たような気がした。俺はなんだか懐かしいものに触れたような思いで、それに見とれた。

従姉妹が俺の頭をぽんぽんと軽く叩いた。我に返るともう何も見えなかった。やがて遠くから商店街のざわめきが聞こえてきた。

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