[祝日のごみ]

唐突ですが。

95年頃、Tさんは念願のマイホームと言うやつを手に入れました。
私は生活には疎いので、一軒家と言うのがどれ程の値段で売買されているか知らないのですが、それでも30そこそこで手に入れたという話を聞くと流石に感心します。
Tさんの家へは私も時々尋ねたのですが、中々立派で両隣りと向いはいずれも人の良さそうな老夫婦が住んでいる如何にも閑静な住宅街に建っていました。
勿論、Tさんが満足しないわけは無いのですが、ここ最近、と言っても1年と数十カ月程前になりますがある種の悪戯を継続的に受けていた時期がありました。

頃は元日、もとより朝寝が出来ないタイプのTさんは元日も五時半か六時頃に起きて朝の清廉な空気に触れようとドアを開くと冷たい風が頬を纏って流れていきます。
煙草を(余談ですが彼は中南海という変な煙草を愛好しています)くわえて、ぶらぶらと玄関の前まで行くとゴミが玄関の脇にある事を発見しました。
元日に怪しからんなぁ、と思い彼はそれをつまむとゴミ捨て場まで直行しました。コンビニのビニール袋に入ったそれは赤黒くて、何か液体が大量に入っている物体……例えば、死体のような……
というよりTさんにはそれが死体であるのではないかということが暗々裏にわかっていたのです。

およそ誰が見てもわかるでしょう。とはいえ、特に腐臭や生臭さは強烈に感じなかったそうですが。

Tさんはそれをゴミ置場に放るとさっさと帰って、元日の安穏な気分を取り戻そうと煙草をもう一本くわえたのですが、どうしたものかライターが全然着かない。
すると前から向いの家の老人がニコニコと歩いて来てライターを貸して言うには
「やぁ、元日にしても朝が早いですね。ゴミ捨てですか?元日は回収しませんよ」
「いや……早起きは性分でして……」
と、他愛も無い会話をしてからひょいと老人がゴミ捨て場を覗くとあっと叫んだ。
「アレは……」
Tさんも振り向くと、ビニール袋からは赤黒いどろっとした血がはみ出して垂れ流れているのです。
プルプルしたゼリー状の血液が赤黒い汁にまみれながらビニールの切れ目から溢れ、零れています。
Tさんはその場で何がしかの言い訳めいた事を言ってそそくさと自宅へ引き上げたそうです。勿論のこと、その日は浮かれた気持ちにはなれませんでした。

翌日はこともなく過ぎたのですが、七日にはまた同じ所にビニール袋がおいてある。翌日にもあり、11日にもそれはある、と言った具合で、周期的ではないのですが、
しばしばそういう悪戯にあっていたようです。
Tさんは元来神経が太いので憤慨こそすれ気落ちなぞしない方なのですが、これには流石に参ったとみえ、夏には私に相談に来ました。
「ふぅん、もう二月程になりますねぇ」
「うん。実際ね、これ、堪えらんないよ。なぁ、どうにか手を貸してくんないか?」
といっても私は探偵の心得もありませんし、警察でも無いのです。
「警察へは言ったんですか?」
彼は渋い顔をして手を振りました。彼のお上嫌いは有名でしたが、まさか警察までも頼みにしないとは思いもよらなかったので私は当惑して、
返答を渋りましたが、彼があまりにも熱心に訴えるのでつい
「まぁ、どうにかして……」
などと言ってしまいました。

さて、どうにかもこうにかも、手の下しようがないのですが私はとりあえず死体入りのビニール袋が置かれている日をチェックしていきました。
「あ……」と、思わず声が出ました。関連性、ある類の必然性が浮かび上がって来たのです。
「ねぇ、Tさん。これって祝祭日とかが多いよねぇ……元日にあって七日、それに11日。11日って鏡開きじゃない?2月は、ほら、節分とか立春とか……」
Tさんは慌ててカレンダーを引っぱり出すと赤ペンで印を付けながら数えていく……
「いや、お前……これ、祝祭日だけじゃ無いよ……ほら……」
と、Tさんがカレンダーをかかげるとその印が着いた所には尽く「大安」と書いてありました。
私は何か、嫌なものを感じながら次の祝日か大安を見ると14日、すなわち、明日なのです。
彼は雲霞の立ち篭める庭を横切って、日没から夜もすがら庭で待機して見張る事になりました。
とはいえ、寒いの眠いので彼は日が開ける前、四時頃にコンビニに行きおでんを買いにいきました。

人心地がついた彼が、うちへ帰ると
「あ……」
ビニール。
血が垂れている。犬のクビが覗いている。
彼は急いで私に電話をかけて来ましたが、そんな時分に起きているはずもありません。
彼は、仕方なくタップンと血が揺れるビニールをゴミ捨て場に持っていったそうです。

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