[日本人形と祖父]

私が高校入学したばかりの頃の話です。
父の地元、祖父の住むそばに引っ越すことになりました。
同じ県内ですがそこは県の端っこで遠くです。
高校は町の高校だったので、遠くなるのはいやでしたが、受験する前から決まってた
ことだし、友達もいない高校に行くくらいなら電車で通うほうがましでした。
私達は祖父が昔は人に貸していたという家に引っ越しました。

祖父は畑仕事をしながら1人で暮らしていました。
祖父は厳しい感じの人で、私はあまり近寄りませんでした。それまで
疎遠だったし、息子である父も小学校から従兄の家で育ったせいか祖父に
よそよそしいところがあったせいもあると思います。でも近くですぐ会える
ようになったからか、私を喜ばせようとこけしや鏡と櫛のセットなんかを
持ってきてくれました。

ある日、日本人形を祖父が持ってきました。私は人形が苦手なので、箱に入れて
部屋の押入れの奥にしまいこみました。2、3日経ってから変なことが起き始めました。
必ず明け方に目が覚め、またすぐ眠るのですがその夢に女の人が出てきます。
もんぺ姿で髪をまとめてます。農作業をしてたり見たことない土間にいたり。
目が覚めてその後夢を見る、は10日くらい続きました。

その日の明け方も目が覚めました。ただいつもと違いました。その女の人がそばに
座って私の足に触っているのです。布団越しにその感触がわかりました。
「これ夢だよね・・・いや夢だ・・・起きなきゃ・・・」と思いますが目は開いて
います。目をつぶってみましたが腹、腕と触られているのがわかります。
薄目を開けると女の人は枕元に来ていました。夢に出てくる女の人です。
もんぺ姿、まとめた髪。1つ夢の中と違うところがありました。
額に大きな釘が刺さっていました。うっすら明るい部屋の中ではっきりと見えました。

私は叫び声を上げました。女の人はいなくなり、両親がやって来たので今起こったことを
話しました。私の様子がただごとではなかったせいもあり、翌晩から父母の部屋で一緒に
寝ることになりました。すると朝まで眠れるようになりました。

1週間後くらいに学校から帰ってくると、母は出かけてました。1人で家にいるのは
いやなので、祖父の家にでも行こうとかばんを居間に置いて玄関に戻ると、「どん」
という音が2階から聞こえます。「え?」と聞き耳を立てるとまた「どん」と何かに
ぶつかるような音がします。
泥棒かもしれないとそっと出て祖父の家に駆け込みました。祖父は「お前は危ないから
ここにいなさい」と出て行きました。外の様子を窓から見ていると、母の車が帰って
来たので家に向かいました。
駐車場で母に事情を話すと、車に乗ってなさいと言われました。中で待っていると
祖父が家から跳び出てきました。手に祖父の上着でぐるぐる巻きにした何かを持っています。
母が駆け寄り心配しています。私も車から降り近づくと祖父が「お前は見るんじゃない!」
と叫びました。それより驚いたのは祖父の手が血だらけだったことでした。

祖父は病院に行き、帰ってきてから父母と話し込んでいました。翌朝母が
私にくれた人形は、返してほしいと祖父が持って行ったよ、と淡々と告げました。
今まで起こったことはみんな人形のせいかもしれないと自分を納得させました。

しばらく何もない日々でした、が・・・

私の体に小さな水ぶくれのようなものができてきました。病院にも行きましたが
この病気だ、というのははっきりせず、どんどん広がって足の裏や手のひらにも
できてきました。できてはつぶれ、またできるの繰り返しで肌はぼろぼろになり
ました。痛みは全くなかったです。顔にもできていて、肌荒れと縁がなかった私は
外に出ることが恥ずかしくて辛くて、学校から帰るといつも泣いていました。
父母が見かねて、帯状疱疹ということにして学校を休ませてくれました。
居間の隣の和室に布団をひいて寝ていました。このまま治らなかったらどうしようと
思いながら、そのままうとうとしてしまいました。

目が覚めると夕方です。部屋の隅にあの女の人が立って見ていました。
額には大きな釘が刺さっています。口元は笑っていました。
急にひどく絶望感がわいてきて、大声で泣き出しました。
隣にいた母と祖父が横のふすまから入ってきました。女の人はもういません。
私は母に抱きついて女の人が来た、とわんわん泣きました。
すると祖父がいきなり「すまん!!」と土下座をしました。びっくりしていると
祖父は泣いていました。大人が泣くところを見たことがない私は呆然です。
「すまん・・・すまん・・・」と私に謝り続けます。母が居間に連れ戻そうとしますが、
祖父は頭を下げたままです。「勘弁してくれ・・・そんなにわしが憎いのか・・・」
厳格な祖父には似合わない弱々しい声でつぶやきました。

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