[福祉施設]

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そのときでした。部屋へ戻るため階段を登っていると、あの、男の子に出会いました。
戦慄が走りました。真夜中の独身寮に男の子がいるのです。なぜこの時間に「ここ」にいるのだろうと思いましたが、その場で納得できる答えを出すことは出来ませんでした。
男の子は相変わらず、無言でこっちを見ています。わたしは恐怖を感じながらその男の子のそばをそそくさと通り過ぎました。
恐怖のあまり頭の中は真っ白で冷静さを欠いていたと思います。通り過ぎて、しばらく歩いてふと、階段の方を振り向いてみました。
男の子はまだこっちをじっと見ていました。首だけ、こちらを見ていました。

部屋へ入り、そういえばあの男の子の親を一度も見たことがないなと、今更ながらに思いました。
窓のカーテンが開いていたので(わたしは寝るとき、カーテンの開閉はあまり気にしない性格です)今日は閉めて寝ようと思い、窓に向かうとさきほどの黒い軽に目が行きました。
黒い軽の前にはさっきの男の子(暗くてよく解らなかったのですが小さな影が確かに見えた)と思われる人影が立っていました。
恐怖で立ちくらみの様なものを覚えたのですぐにカーテンを閉めて、その日は朝が来るまで寝ずに起きてました。とても寝れる精神状態ではありませんでした。

わたしは朝になって睡眠を取り、午後から出社しました。そして上司に昨日の夜中のAさんの件をわたしからも話をしようと思い、上司に報告しにいきました。その日にわたしの周りで起きた夜中の出来事も上司にすべて話すことにしました。
上司はわたしの話を聞いてから、応接室で話をしようという事になり、そこへついて行きました。
上司から話された内容は「早くに夫を亡くしたAさんにはむかし娘がいたが、娘が不特定の男と子供を作り、事情でAさんと娘で子供を育てていかねばならなくなった。
娘は子供の養育費など経済的に苦労しノイローゼになり、子供を殺して自らも車にのったまま海に飛び込んで自殺した。君の話とAさんの過去が繋がるかどうかは自分には判断できないが。」
というような事でした。

Aさんはその後も不穏が続き、日に日にやつれ、目の周りのくまが昼夜問わずクッキリと残るようになっていきました。他の入所者もその日を転機に子供がいる、と訴えるようになりました。
わたしのほうも寮の階段で男の子見ることはこの件のあとも続きました。

わたしはその後、異動願いを出し、上司の配慮もあり早期に児童福祉施設のほうへ異動になり、その際に寮のほうも退所しました。
Aさんは不穏状態が続き、その治療のため他の施設に行く事になりました。

最近その上司に会い、Aさんの事を尋ねると、次のような言葉が返ってきました。
「あのとき言わなかったが、Aさんがウチの施設に来る前、在宅介護でいろいろ揉め事があったんだ。
Aさんの介助をしていたホームヘルパーが次々とノイローゼになって、その内の一人が自殺したんだ。だから環境を変えるためにAさんはウチの老人施設に来たんだ。」

Aさんは今も施設を転々としているそうです。 超長文失礼しました


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