[福祉施設]

こんにちは、はじめまして。わたしが昔とある老人福祉施設で働いていたときの話です。

当時あるお婆さんが入所していました。
そのおばあちゃん(以後Aさんとします)はお年の割にはとても元気な方で多少認知症は認められるものの、自分で車椅子に乗り降りでき、食事、入浴ともご自分で済まされる方でした。
印象的だと思ったのはその声でした。90代にもかかわらず非常に高音な声色で滑舌な喋り方をするのです。たまにぼーっとしている事はありましたが意思表示もハッキリ出来る方で、他の入所者ともトラブルもなく、とても印象の良いおばあちゃんでした。

私はその施設から比較的近い距離にある独身寮の3階に住んでいました。
Aさんが施設へ入所してきて以来、その独身寮で私は不思議な体験をするようになっていました。

わたしが勤務を終えて自分の部屋へと向かう階段を登っていくと5歳くらいの男の子が降りてきました。
ここは独身寮、子供がいるはずがありません。しかし寮の誰かの家族か関係者が子供を連れて遊びにきたのだろうと思い、最初はあまり気にしませんでした。
男の子は無表情で、わたしと階段で出会った瞬間からずっとそこに立ち止まり、わたしの顔をじっと見ていました。
わたしは男の子に軽く笑顔で応じ、その男の子を見ながら自分の部屋へ向かって階段を登っていきました。その男の子はわたしとすれ違うまでわたしの顔を無表情でじっと見ていました。

それからわたしはこの男の子を寮で時々見かけるようになりました。男の子は出会う度にわたしの顔を凝視していました。

おばあちゃんの話に戻ります。ある日の夜中、突然携帯の電話が鳴りました。それは勤め先の施設からの電話で、Aさんが不穏になっていて、暴れたり奇声をあげたりで手がつけられないから来てくれないかとの事でした。
あのAさんが?と信じられない気持ちながら、とりあえず車で施設へと赴きました。
施設に着くと夜勤の人が玄関で待っていました。その人と一緒にわたしはAさんの部屋へといくと、他の夜勤の2人がAさんの手を必死で押さえつけている光景が目に飛び込んできました。
どうしたんだ?と聞くと「暴力を振るので押さえつけている、おばあちゃんなのに信じられない力で、2人掛かりでやっと抑えている」との事でした。
わたしはAさんの顔を覗き込むと、目の周りに真っ黒でハッキリとしたくまが浮かび上がっていて、普段の穏やかな表情とは異なり正に鬼のような形相で目を剥いていました。
これは明らかに普段のAさんではないな、と思いました。取りあえず夜勤の2人に手を離させてAさんに話を聞いてみました。
すると「ベッドの下に子供がいる、子供がいる、出してあげにゃいかん」「人殺しが来る前に子供をだしてあげにゃいかん」という内容の事をしきりに訴えていました。
不穏はその後も続き、収まる気配がないので、夜勤の人と相談して眠剤を投薬して落ち着いて貰うことにしました。
この事を報告書に書き、明日の朝上司に書類を渡して貰うようにと夜勤の人に言付けし、Aさんの行為が腑に落ちないまま、わたしは寮へ帰りました。

寮の駐車場へつき、車を止めてエンジンを切ったとき、ふと近くに止めてあった黒い軽サイズの車に目が行きました。
そして真っ暗の中、その車の座席をよくみると一人の女の人が座っていました。
女の人は身動き一つしないでじっと下を向いていました。時間が時間だけにさすがにビックリしたものの、夜中まで遊んでいた職員がメールでもしているのかなと思うことにして、わたしは部屋へと向かいました。

続く