[岩登り]
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反り返りの所の最後の一手の部分を見ていると、ふっと相方の顔が覗きましたので
「おお到着したか」と思い、「ロープ落としていいよ」と言いました。
しかし彼は何を考えていたのか、僕の顔をじっとみたままロープを落とそうとしません。
一瞬、「なに?」と思ったのですが、何だか食い入るように見られるその目に負けたみたいで
その顔から目をそらすことができないまま、しばらくお互い無言になってしまいました。
彼は突然きびすをかえし、ふっと頂上の向こう側に行ってしましました。
何なんだろう?という気持ちになりましたが、まぁいい加減疲れてきたし、とも思い
ただロープを落としてくれるのを待ちました。
そのすぐ後「ロープ落とすぞ!」と上から声がしたので、やっとか、と思いながら
「OK!」と言いました。僕が落ちてきたロープをまとめていると、金具をジャラジャラ
言わせながら相方がすべり落ちてきました。どうもすべる裏道で相当苦労していたようです。

僕は彼が下りてくるなり、「なんでさっき下をぼーっとみてたの?」と聞きましたが、
彼は「は?」と言いました。彼の話ではずっと坂道で往生していて随分長いこと上には
行けなかったということでした。
僕は一瞬わけわからなくなって、「だってあのハング(反り返り)のところを見てたじゃん・・・」
と言おうとして、突然頭をガツンと殴られたような衝撃を覚えました。なぜなら、
下をのぞき込んでた人が着てたセパレートは赤で、目の前の相方のそれは青だったからです。
一瞬パニックに陥り、どういう事だと考えてみました。他の登山者かとも思ったのですが、
相方がロープを落としたのは、その人が見えなくなった本当にすぐ後でしたからそれもあり得ません。
だいたいその色は、最初に僕が登っていたときにみた色と同じものだったんです。
そして何とも言えず、無表情で無感情な感じのするあの視線。。。下からみたときには表情が
はっきりみえたわけではありませんでしたが、あの視線の感じは忘れられません。

結局その人が一体なんだったのかということは、その後もわからずじまいです。
皆さんもご存知でしょうが、山にはこの手の話しはつきものですので、そこの常連さんに
わざわざ話すことでもなく、相方にも話すこともなく、時々飲んだときとかに友達に
言ったりしていたくらいです。それから11年が経ちましたが、残念ながら僕の相方は
山で亡くなってしまいました。友達の死は初めてではありませんが、彼が山に散ったならばと
僕の気持ちとしてもなんとなく昇華することができました。家族はかわいそうですが。。。
そして今ではこんな風に2chなんかに書き込めちゃうわけです。 以上です。

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