[契約]
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宋 昌成は**部落の闇に引き寄せられて行った。
**部落に関わって不審死を遂げた者は多い。そんな危険な闇に踏み込もうとする、かつての友を駒井は必死に止めようとした。
だが、そうしている内に昌浩の事件が起こってしまった。
理由はどうであれ、道義上、親である自分が被害者の家族に謝罪しなければならない・・・宋 昌成は駒井の制止を聞かずに**部落へ向った。
駒井は宋 昌成に付いて**部落に足を踏み入れた。
**部落は異様な雰囲気だったそうだ。
駒井は、**部落で、それまで感じたことのないような、言い知れぬ不安感に襲われた。
二人は美鈴の実家に着いた。中から出てきた若い女に宋 昌成は身分と事情を明かした。
若い女『美冬』は、声を潜めて「お帰り下さい」と言ったが、中から現われた男が昌成と駒井を迎え入れた。
兄が亡くなった時点で、美鈴の家族は父と叔父、姉の美冬だけだった。
何故か、仏壇神棚の類は一切なく、美鈴の兄に線香を上げようにも、位牌・遺影もなく遣り様がなかった。
宋 昌成は美鈴の家族に昌浩の行いを詫びた。
昌成も駒井も激しい怒りの言葉を予想していたが、美鈴の父と叔父の言葉は穏やかだった。
だが、二人の眼は異様な眼光を湛えて駒井を凍り付かせた。
駒井に言わせれば『人間の目付きではなかった』と言うことらしい。
美鈴の父親は、あれは不幸な事故だったとか、司直の裁き以上のことは求めるつもりはないと言った言葉を口にした。
叔父の方も、若くして犯罪者の汚名を着ることになってしまった昌浩を心配し、父親である昌成の心労をねぎらう言葉を掛け続けた。
だが、そんな言葉の裏で駒井は耳には聞こえない不思議な『声』を聞き続けていた。
二人に言葉を掛けられている昌成は、魂を抜かれたような、呆けた顔をして頷きながら二人の言葉を聴いていた。
だが、駒井の脳裏に響く不思議な『声』の語る言葉は、恐ろしい呪いの言葉だった。
宋一族は滅ぼされる・・・これに関わってしまった駒井一族も!
駒井は恐怖に震えた。
やがて、宋家の長男が事故死し、火事で昌成の妻も焼死した。
駒井は、ある寺の住職に相談して、某部落の古老を紹介された。
この老人は、苦しい、未来の見えない生活に嫌気が差して故郷を後にし、ある霊能者に拾われて修行した経験の持ち主だった。
駒井を見た老人は、駒井に宋 昌成を連れて来るように言った。
駒井は宋 昌成を古老の前に引きずって連れて行った。
どこか、意識に膜が張った状態で、ボーっとした様子だった宋 昌成は、老人の裂帛の気合と共に繰り出された平手打ちの一撃で混濁した意識から呼び起こされたそうだ。
だが、意識を呼び覚まされた宋 昌成の脳裏には、駒井が**部落の美鈴の実家で聞いたのと同じ声が響き始めていた。
この、呪いの『声』は、宋 昌成が発狂するまで消えることは無かったらしい。
いや、発狂してもなお消えていなかったの見る方が正しいだろう・・・
老人は、ある朝鮮人『呪術研究家』への紹介状を書き、駒井は宋 昌成をその研究家の元へ連れて行った。
老人の紹介状と宋 昌成が調査会社に調べさせたレポート、駒井と昌成が話したそれまでの事情を聞いた『呪術研究家』は、独自のルートで**部落に付いて照会し、調査した。
**部落に付いて調査した上で、この呪術研究家が紹介した男が、駒井が宋 昌浩を連れて会いに行かせた男だった。
男は「拝み屋」金 英和(キム ヨンファ)と名乗った。
**部落は、ある『宗教団体』の信者の末裔によって形成された特殊な成り立ちの部落だった。
信仰の詳細、教団や信仰が現在も存在しているのかは判らなかった。
ただ、**部落の人間は外部の者とは交わらず、部落内だけで婚姻を続けていたようだ。
どうやら、**部落は、採石や危険な土木工事の人足のといった仕事の影で、「まじない」や「呪詛」を生業とした一族の集団だったらしい。
そのような部落に於いて、美鈴の実家は何らかの役割を担っていたようだ。
『呪術研究家』にはある程度予想は付いていたそうだが、**部落は日本全国に散らばる、敢えて言うなら『生贄の部落』の一つだった。
生贄の部落・・・
彼らは『澱み』・・・漂流する呪いや災厄、人々の欲望や怨念から生じる『穢れ』が流れ着いて溜まる、或いは溜まるように細工された土地に封じ込められた人々だった。
『澱み』に封じられた人々は外部からの「血」を入れることも、外部に「血」を広げる事も許されなかった。
彼らが『澱み』に封じ込められたのは、その血が非常に強い霊力を持っていた為だと言う事だ。
その『力』故に、民族?の名も、言語も、神話や伝承も徹底的に奪われた。
彼らの血脈が直接に絶たれなかったのは、彼らを滅ぼすことによって生じる『祟り』を祓う事が極めて困難だからと言う事らしい。
彼らは、並の霊力の血統なら3代と続かずに絶えてしまう穢れの地である『澱み』に、霊力を吸い尽くされて滅ぶまで封じられ続けているのだ。
**部落のあった場所は、地理的に『穢れ』や『瘴気』が流れ込み易いその地域にあって、それらが流れ着く『澱み』に位置していた。