[ある殺人者の話]
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何やってるんだろ。こんなこと言いに来たのかな。
さっさと帰ろうと足を上げたとき、呼び止められた。
「君は事件の時、近くにいた人じゃないですか?」
他界した父親がもう死にそうな顔でこちらを見ながらいった。
「はい。いました。」
余分な事などしゃべらないようゆっくりと言葉を返す。
「大変だったろうね。あのときのこと覚えているかな?もし私の家族たちのことを見ていたらなんでもいいから教えてくれないかな。なんでもいいんだ。
最後に笑っていたのか、泣いていたのか、どんなことでもいいんだ。」
私は死にそうな顔の父親の顔を見てあのときの事を言おうか迷っていた。
言ったらどうなるんだろうか。恨まれるのだろうか。
私はもう恨まれてもいいと思って言うことにした。
さっき手を合わせた時に馬鹿げた事を考えていたことに罪悪感みたいなものを感じていたからだ
あのときのことをゆっくり父親に話した。
「そうか。じゃあ笑ってたんだな。良かった。良かった。それだけでも分かって嬉しいよ。泣いてなければそれでいい。ありがとう。ありがとう。」
何度もお礼を私に言っていた。
その言葉は私にどれだけ救いを与えたのだろうか。
しかしそのときその救いを感じられなかった。

家族はもう一人いた。私がお葬式の会場に入ったときずっと俯いていた人だ。
兄がいたのだ。
私が事件の事を話し終わった時兄は私をまっすぐ見ていた。
私は顔を合わせられなかった。瞬きもせずただ私だけを見ていた。
その視線があの救いの言葉を打ち消していた。
私が帰ろうとした時、兄・健二(仮名)が何か呟いた気がした。
何を言ったかよく聞こえなかった。
「なんで、母さんと咲弥が死んで、あいつが生きてるんだ。あいつが代わりに死ねば良かったのに。」そう聞こえた気がした
私は逃げるように家に帰りすぐベットに行き眠りについた。

私は何処かわからない場所で走っていた。
ここは何処だろう。なんで走っているんだろう。
でも歩いてはいけない。あいつがきている。
すぐ近くまできている。歩みを止めてはいけない。
はやく逃げなきゃ。遠いとこまで。あいつがいないとこまで。
私は目を覚ました。汗でびっしょりになった体が気持ちが悪かった。
シャワーを浴びならがさっきの夢を思い出す。
夢は現実に見たものの鏡で今まで感じた事が混ざり合って夢を見る。と何かの本で読んだ気がする。
いままで何かに恐れて走ったことなんてあるっけな。

今日は彼女に会うから明るい顔でいなきゃな。などと考えながら鏡を見ていた。
彼女と会って数時間が立ちすっかり昨日のあのことなど忘れた気がした。
ファミレスでお昼をとる、料理が運ばれてくるまでの時間を過ごす。
「今日、朝会った時死んだような顔してたから、びっくりしたよ。」
「そうだった?自分では分からなかったな」
「でも今は元気だからきっと気のせいだったと思うよ」
事件のことは彼女には話していなかった。
学校の事などを話しながら昼食を取る。
彼女と会って元気になるのは自分でも感じいた。
でも何故か嫌な予感がしていた。

「ちょっとトイレいってくんね」
そう言い彼女は席をはずした。
気のせいか。軽く風邪でも引いてるのかなと思ってガラス越しに見える風景を見ていた。
何故かその風景が怖かった。
なぜだろう。どこが怖いのだろう。いつもと変わらない風景なのに。
ガラスの壁に反射してファミレスの店内が写る。
私は凍りついた。
あの時、あの葬式の時、あの恐ろしい目。
何もかも壊してしまいそうな目。
健二がまっすぐ見ていた。あの時と同じよう瞬きもせず、ただまっすぐに。

その日昼食を食べた後すぐに車で彼女の家まで行きそこで日が暮れるまで過ごした。
自宅は7階建てのマンションの5階にある。
いつも階段で音を立てないようにのぼっている。ゆっくりと昇る。
毎日階段昇る人は試してほしい。結構運動になるから。
この日は疲れていたので階段でいくかそれともエレベータで行くか少しの間悩んだ。
こういう時こそ自分に甘えては駄目だと思い階段で行くことに決めた。
音を立てないようにゆっくり昇り4階に着いた。
あと一階だ。と思いながら5階に繋がる階段に向かった。
あと半分で5階というところでふと私の家のドアの前に人影がいるのが見えた。
誰だろう。友達かな?などと思いながら進もうとしたとき、人影が動いた。
月明かりに照らされた人影は健二だった。

続く