[邪教]
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仕事の内容は簡単だった。
キムさん達が仕事をしている間、妨害を排除し、彼女と彼女の母親をガードすることだった。
期間は1週間。ギャラは通常の3倍だった。
キムさんは同様の事案を何件も処理した経験があったようだ。
キムさんと彼女がどうコンタクトしたのかは不明だが、キムさんは過去の経験と自分の
見立てを彼女と彼女の母親に話した。
キムさんの指摘に思い当たる節があったのだろう、彼女の実家と嫁ぎ先両家は教団を
脱会した。
彼女の実家の家屋敷は教団の「教会」として教団名義になっていた。
彼女が生まれる前に教団に「布施」として寄進され、教会長として彼女の一家が
住み続けてきたのだと言う。
脱会した今、教団は彼女の一家を追い出しに来る。
彼女の父親もそうやって信者の家屋敷を収奪してきたのだ。
しかし、今回の目的は違う。
キムさんの「仕事」を妨害してある物を奪い取りに来るというのだ。

約束の日、俺はキムさんに伴われて彼女の実家に向かった。
近くの路上には離れた位置に短髪の男達が乗った車が2台停まっていた。
キムさんの会社の社員だろう。
門をくぐって屋敷に入った。
3・400坪はあるか?
門をくぐった時から嫌な感じがした。
確かに尋常ではない、何かがあるようだ。
キムさんと共に俺は仏間に入った。
其処には大きな仏壇があった。
初めて見るタイプの仏壇だった。
俺に宗教の知識は乏しいが、その宗派の「本尊」は仏像の類ではなく、所定の地位に在る
僧の書いた書付なのだ。
仏壇の中には書付の入った箱?が入っている。

仏間には猛烈に嫌な空気が流れていた。
仏壇を見ていると全身から生気を抜き取られているかのような脱力感に襲われた。
しかし、それ以上に嫌なのは、仏壇の対面にある船箪笥の上に置いてある黒い小箱だった。
何か嫌な気がその小箱から仏壇へと流れている感じがした。
かなりヤバイ物なのは俺でも判った。
箱の中には何があるのか。
俺は箱の蓋を開けたくなった。
箱に手を伸ばそうとした瞬間、不意に横から声を掛けられた。
「おい、その箱に触るなよ。どんなものか判るだろ?」
声の主はマサさんだった。
俺はハッとして手を引っ込めた。
箱に魅入られてしまったらしい。危なかった。

「久しぶりだな」
「ご無沙汰してます」
「大分鍛えたようだな」
「おかげさまで」
「うむ、それじゃあ仕事の説明をしようか」

マサさんの話によると、あの仏壇には元はかなりランクの高い「本尊」が入っていたらしい。
問題の教団が出来るよりもかなり前の時代からあった霊格の高い本尊だったようだ。
それが依頼者の父親の葬式の時に偽物と摩り替えられたらしいのだ。
教団は本尊を作る権原のない者によって作られた「偽本尊」を信者に広くばら撒いているのだが、
この偽本尊はある細工をすることによって「親」となる本尊へと運気や功徳を吸い上げるようになって
いるのだと言う。
信徒の本尊には教団の母体の宗派で作られた真正な本尊もあったのだが、教団の幹部は
ある時は騙して、ある時は盗み出して本尊を偽本尊に置き換えていった。
末端信徒の偽本尊は言わば「ストロー」であり、細工された親本尊は吸い上げた運気や功徳
を溜め込む「甕」なのだという。
これは朝鮮半島に伝わる呪法の一つで、両班と呼ばれる支配階級が支配地域の平民や白丁と
呼ばれる賎民から運気や精力を奪うものなのだと言う。
用いられる呪物は何でも良い。
神具・仏具、壷や宝石、書物・刀剣・衣服、何でも良いのだが、呪法を掛けられた者が呪物を
大切に扱うことが条件となる。
この呪法の輪に取り込まれた者は、呪法の頂点にある者に運気・精気・功徳を吸い上げられ、
上位にある者を決して越える事が出来なくなるのだ。
朝鮮の支配階級が下克上を防ぐ為に編み出した強力な支配呪法なのだという。
この呪法は李朝滅亡と共に一部流出した。
韓国で、ある古い文書(漢文)を調べると知る事が出来るらしい。
呪法自体は非常に簡単なものらしいのだが、効果が絶大なだけに反作用も非常に強力で、
両班でも実際に呪法を用いた者は少なかったらしい。
簡単に運気や功徳を集められる反面、厳しく持戒しないと欲望の歯止めが利かなくなり
悲惨な破滅を招くのだ。

続く