[記憶を追ってくる女]
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夢の中で従姉妹は中学生になっていた。記憶にある通り、吹奏楽部の練習に参加していた。
顧問のピアノに合わせて、トロンボーンを構えた。深く息を吸い込んだまま、従姉妹は凍り付いた。ピアノの前に座っていたのはあの女だった。狂ったように鍵盤を叩き、顔だけは従姉妹を凝視していた。
女の顔ははっきり見て取れた。異様に白い肌、細い目、高い鼻筋、真っ赤な口紅が塗られた唇を大きく広げニタニタ笑っていた。そこから覗くのは八重歯で、口紅だろうか赤く染まっている。不揃いな黒いロングヘアが女の動きに合わせ激しく揺れた。

汗だくで目覚め、従姉妹はあることに気づいた。私は夢の中で成長過程を辿っている。始めは幼い頃、次は小学生、今は中学生だった。もしかして、女は私の記憶を追ってきているのではないか。

その仮説は正しかった。眠るごとに夢の従姉妹は成長し、女は必ずどこかに現れた。あるときは見上げた階段の上から、あるときは電車の向かいの席で、あるときは教室の隣りの席から。
従姉妹はここに至ってもうひとつの法則に気がついた。女との距離がどんどん縮まっている。いまではもう女の三白眼も、歯と歯の間で糸を引く唾液もはっきりと見えるようになった。

従姉妹はなるべく眠らないように、コーヒーを何杯も飲み徹夜した。しかしすぐ限界がくる。女は、昼に見る一瞬の白昼夢にも現れた。
そしてとうとう現実に追いついた。

そこまで話すと、従姉妹はうなだれるように俯き黙った。黒い髪がぱさりと顔を覆い隠す。すっかり聞き入っていた俺は、早く続きを知りたくて急かした。催促する俺を上目遣いで見て、従姉妹はゆっくりと笑った。
「だから現実に追いついたって言ったでしょう」
そう言ってにやりとした従姉妹の口元は、八重歯が生えていた。

いつから従姉妹が八重歯だったのか、俺には自信がなかった。


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