[魔漏]
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「それが、ゆっくり私の真上まで這ってきて、髪の毛が私の顔に被さった。で、赤い歯を
剥きだして笑ったんだ。そしたら、見る間に、その上半身だけが、ずずずっと天井から伸
びて、私の目の前に、女の子が両手を差し出して迫ってきた。」A美が言った。
私は、「それから後は覚えている?」と訊ねた。A美は頷き、続けた。
「その後は、私は灰色の空間にいたの。周囲に、丸いものが四つ漂っていた。少し離れた
処にあの子がいて、四つの玉を操る様子で、何か唱えてた。私は、動くことも、声を出す
こともできず、ただ立たされたまま、その光景を見ていた。四つのうち、赤っぽい一つが
極端に大きく膨らんで、激しく乱舞していたよ。それから、随分時間が経って、私はその
空間から引きずり出されたの。気が付くと、目の前に宮司さんがいた。」
私が、奇行について訊くと、「自分では覚えていないけど、叔母さんからきいた。」
と笑って答えた。宮司は、その後、A美に滔々と理を説いたそうだ。
神社のことや神のこと、魂の成り立ち、現世と幽世のこと。
妹は、話を聞くうちに、段々と恐怖感が薄れていったという。
話しを終えて、妹は言った。「今年は、ちゃんと禍津日神を鎮めるために参拝したいな。」
夫は、私に「A美ちゃんは良く理解しているよ。僕なんかより、余程。」と囁いた。
私は、俄には信じがたい話に唖然としつつも、参拝には同意した。
今年の正月も、あの社へ行く。だが、あの授与所があっても、おまもりは絶対に貰わない。
そういえば、一つ、私が気になっていることがある。
A美は、あれ以来、お手玉で遊ぶことが多くなった。
H神社で処置を受け、家に戻ったあの日、妹は上手にお手玉ができるようになっていた。
彼女は、時折、私の家の和室でもお手玉をする。
耳慣れない唄を歌いながら、延々と投げ続ける妹の背中を見ていると、あの夜、
客間で遊んでいた、得体の知れないA美の後姿が脳裏をかすめ、不安を覚える。
夫も少し引っかかる様子で、それを見る度に「気にしない、気にしない。」と、
決まって独り言をいった。私も、深く考えない様に努めている。